過去

 改札で青倉と別れ、灼は夜一と共に帰路についた。


 新幹線の車内で、夜一はスナック菓子を爆食いしている。ほとんど下戸で酒は飲まないのに、つまみ類が好物なのだ。窓側の席に座り、ご機嫌でスルメイカをしゃぶっていた。


「早く神戸に帰って、南京町で食べ歩きしたいな~~!」


 食べながら食べ物の話をするのは、さすがに食い意地が張りすぎていると灼は思う。


「いや、それよりも神戸ビーフかな! 仕事を頑張って、カロリーを消費したから。その分を肉で補給せなあかんなーー!」


 にこにこしながら、夜一はスマートフォンを取り出した。スケジュールを開いて、さっそく予定に組み込んでいる。神戸に着いたら、その足でお気に入りの洋食店へ赴き、特製カツサンドをテイクアウトする段取りらしい。


「それは、わざわざ予定に入れることなのか……?」


 どう考えても、忘れる可能性はないだろう。


「もう、灼くんは分かってへんな~~! たとえ数時間でも、予定を見ながら『楽しみやなぁ』っていう気分に浸るのが最高やねんで!」


 スルメをしゃぶりつつ、夜一はスマートフォンを眺めてうっとりしている。


「そうかよ」


 呑気な相棒で助かる。夜一の底抜けに明るい性格に、救われていると思う。


 今、気を抜くと少しだけセンシティブな気分に陥る。谷上結花の意識が残っているときにも抱えていた感情だが、彼女の存在が完全に抜けてからのほうが、より顕著になった。


 おそらく、幼少期の出来事が一因だろう。


 灼は物心ついた頃から、親戚の家で暮らしていた。


 両親が離婚して、しばらくは母親と一緒に暮らしていたのだが、いつの間にか引き離されていた。後で聞いた話だが、母親はアルコール依存症だったという。かなり状態が悪く、施設に入居することが決まったのだ。


 父親とは連絡がとれず、仕方なく親戚たちが交代で灼の面倒を見ることになったらしい。当時の灼はまだ幼かったので、その辺りの事情は一切聞かされていなかった。


 そのため「自分は親に捨てられたのだ」という思いが強烈に残った。


 親戚の家を転々とする生活は肩身が狭かった。邪険に扱われたとか、嫌がらせをされたとか、そういうことはなかった。


 けれど、申し訳なさを感じながら暮らすということは、ひどく息が詰まるのだ。家にいるより外にいるほうが気が休まる。


 いつの間にか、繁華街をうろつくようになった。中学生の頃だった。喧嘩に巻き込まれたり、もちろん補導されたりすることもあった。周囲の大人たちに、さらなる迷惑をかける事態になってしまった。


 その結果、灼はおかしな方向に吹っ切れた。心身ともに「図太くあろう」と決意したのだ。自分以外の人間のことなんて知らない。何を思われようと構わない。申し訳なさも感じない。


 誰に似たのか気が短いので、気づいたら喧嘩を買うことより売ることのほうが多くなっていた。


 高校生になると、繁華街をうろつくだけの自分が、ひどく子どもじみていてダサいと思った。まぁ、正真正銘の子どもなのだが。


 家にいる時間を作りたくない。遊ぶのはダサい。考えを巡らせた結果、アルバイトに精を出すのが最善だと気づいた。


 肉体労働をしていると気が晴れるので、自分には合っていると思った。稼いだ分を「家賃」「食費」と称して、世話になっている親戚に渡した。普通に突き返された。将来のために貯めておけと叱られた。


 夜、灼が帰宅すると必ず玄関の灯りがついている。どんなに遅い時間でも、誰かが起きていて、灼に「おかえり」と言う。そのためだけに起きているのだ。


 当時は、煩わしいと思っていた。紛れもなく子どもだ。


 今思えば、愛されていたと思う。谷上結花と同じだ。愛情を注いでくれたのが、灼の場合は、両親ではなかったけれども……。

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