第6話 中華民国蔡英文前総統Ⅲ
ポモルニク型エアクッション揚陸艦一号艇と二号挺はナーマ浜に乗り上げている。中華民国蔡英文前総統が左手の2隻の巨艦を見上げた。柔軟性のあるエアクッション揚陸艦のスカートは着岸でしぼんでいるが、砂浜から操舵室の上のアンテナまで十数メートルあるだろう。「まあまあ、ここにあるなんて想像できなかった物もありますね。ロシアの名称では『Zubr-class LCAC』、『ポモルニク型エアクッション揚陸艦』ですわね」とロシア艦を指差す。
「それに、ここに有ってはいけない装備もありますわね。ブルーシートで覆っているけど、あれは12式地対艦誘導弾の発射機搭載車両じゃないかしら?あっちの岸から公道に揚げているのは、03式中距離地対空誘導弾の発射機搭載車両?物騒なものを持ち込んでいますわね、紺野二佐?」
「よくおわかりですね、前総統」
「自衛隊で八輪の装輪車輌なんて、他にあります?」
「ご明察です。03式をレーダー車輌と運搬装填装置搭載車両含めて2セット、12式を1セット持ち込んでおります。他に、87式偵察警戒車3台、96式装輪装甲車8台」と紺野。
「紺野さん、軍事機密じゃないですか?」と陳大将。
「こうなっては、中華民国に隠しても仕方ありませんわ。それに中国の軍事衛星にはもう見つかっているでしょうし」
「なるほど」と陳大将。
巨艦を見上げていた陳大将にエレーナが「陳さん、この揚陸艦はかなりの積載量と装備を持っているんです」と中国語で説明した。金髪のロシア美女が流暢な中国語を喋るのに陳大将はちょっと驚いた。
既に、三号艇と四号挺の資材物資の揚陸は終わっていて、祖納港から陸自の与那国駐屯地のそばの久場良港に戻っていた。ナーマ浜は砂浜の幅が200メートル弱。揚陸艦の艦幅は25.6メートル、艦の全長は57.6メートル。2隻の揚陸艦で砂浜の半分以上はふさがっていた。
遠浅のサンゴ礁の島、港湾の喫水も3メートル程度しかない南西諸島では、これほど兵員・兵器の揚陸に適した船舶はあるまい。しかも、米中のような強襲揚陸艦に積載して運用するような航続距離200~300キロではなく、自力航行で航続距離540キロなのだ。石垣島・宮古島までなら燃料を補給せずに往復可能だ。
そして、乗員31名、兵員360名、または、歩兵戦闘車8両か軽装甲車両10両とその搭乗員80名を輸送できる。今回のような与那国島からの島民避難なら、最大500名が搭乗できるので、島民1,600名だけなら一~四号挺4隻、1回で石垣島・宮古島まで輸送可能なのだ。石垣島までは150キロ、揚陸艦の最大速度は時速約100キロなので、2時間弱で石垣島に到達できる。
装備は、AK-6302基。旧ソ連の艦載機関砲システムで、30mm口径 6砲身のガトリング砲を使用した全自動システムだ。自動操作の砲座に搭載され、レーダーと光学式指揮装置により管制される。目的は、対艦ミサイルなどの精密誘導兵器に対する対空防御と航空機や艦艇などの水上目標、沿岸の目標への攻撃である。最大射程は4,000メートルで、発射速度は1分5,000発、艦載のMP-123レーダーは4、5キロの間で海面上の目標を捕らえる。
また、BM-21、122mm多連装ロケット砲2基も装備。最大射程15キロで、単発射撃時で1発/5秒で発射できる。22キロの了解の内側に入った敵船舶を攻撃可能である。
「最高速度が時速約100キロで、航続距離540キロとは。我が軍にも欲しいものです」と陳。
「残念ながら、ソ連時代に、ソ連政府はこの艦を中国に六隻売却しております」とエレーナ。
「う~ん、もしかすると、台湾海峡の渡海作戦で使ってくるかもしれませんな。彼らの726型エアクッション揚陸艇は、この艦の満載排水量の3分の1程度。積載兵力も200名、いや、250名は乗せられるかな?この艦の半分ほど。726型は航続距離も370キロで、自走ではなく、071型揚陸艦に積載してくるから・・・」と考え込んでいる。
紺野が「前総統、陳大将、皆様、立ち話もなんですので、陸自駐屯地で打合せをいたしましょう。夕食も用意してあります。この水中翼船の乗員の方には別途お食事をお持ちします。我々の隊員にも警備させますので、ご安心を」と提案した。
「あらあら、お食事まで!」と前総統。おっと、前総統、空腹だったのかしら?移動に時間がかかって昼飯抜きだったんだわ、とエレーナは思った。
「この自衛隊、ロシア軍混成部隊は、食事が有名になってしまって。戦時にほぼ近くなりましたので、自衛隊の食事を作っていた民間の給養員の方が働けなくなっています。それで、我々ロシア軍の女性部隊員が食事を作っております」とエレーナ。
「そうでした。佐渡ヶ島の時でもそうでしたね。テレビで見ましたわ」と前総統。
「あれから、みんな腕を上げまして、日本食もかなりのものを作れるんですよ。もちろんロシア料理も」
「不思議ねえ。日本の最西端の島でロシア人女性の作るお料理を食べられるなんて」
一同はナーマ浜から与那国島周回道路に出て、自衛隊の車両に分乗した。浜から公道を500メートルほど走ると陸上自衛隊与那国駐屯地のゲートに到着する。
前総統たちは、応接家具が片付けられて、円形テーブルと椅子がセットされた応接室に通された。壁際にビュッフェの保温器が並べられていて、ロシア料理、日本料理が取り混ぜて置いてあった。刺し身やスイーツもある。
「これ、私が連絡してから作ったんですの?」と前総統。
「いいえ、いつもの物を多少品数を増やしてと注文しておきました」エレーナが給仕係のロシア人女性兵士に指示して、寿司や刺し身の盛り合わせをテーブルに置かさせた。一通り準備が終わると給仕係が退出した。その代わりにアニータ少尉が給仕をつとめた。
「前総統、お飲み物は?日本酒もございます」と紺野。
「まあ、いただいちゃおうかしら?陳大将もいかが?お相伴にあずかりましょう」
「承知いたしました」
アニータがぐい呑みを用意して冷酒を注いで回る。エレーナが「アルメニアンブランディーもありますわ」と食事がスイーツに移った時に、紅茶とブランディーをアニータに用意させた。
「まあまあ、これはいつもの逆をやられているようだわ。中国式の料理とお酒の接待みたい。相手を満腹させて、酔わせて、そして、契約書に署名をどうぞ!という」と前総統。
「ロシア式でもそうですよ」とエレーナ。
「日本の接待とは違うものねえ」と紺野。
一同、満腹になって、ブランディーを飲んでいた。中国側の警備の人間が室外に出た。前総統、陳大将、補佐官、紺野、エレーナ、アニータだけが部屋に残った。
「紺野二佐、通信回線経由でお話できなかったことを説明したいの」と前総統。
「ハ、わかりました。どうぞ」
「その前に、お聞きしたいのですが、今回の侵攻のタイムラインはどう思われているのかしら?」
「現在、東ロシア共和国と当方の諜報では、既に海南島から南部戦区の第一艦隊が出港しています。これは台湾海峡攻略部隊とこの与那国島攻略部隊の混成艦隊です。東部戦区の第二艦隊は石垣島攻略の部隊で出向準備中、北部戦区の第三艦隊は宮古島攻略の部隊で、既に出港しております。タイミングを合わせて、3~4日後、100~120時間で南西諸島侵攻を開始するとの情報が入っております。宮古海峡を通過すると見せかけて、西に転進、同時刻に上陸作戦を敢行するということです」
「なるほど。それは東ロシアの第二艦隊の
「なんですって?」と紺野とエレーナが同時に言った。
「東部戦区と南部戦区は仲が悪い。それで、北京の指示通りの共同作戦にはならず、南部戦区が暴走して、先に与那国島への攻略を開始、この島の飛行場と港湾を確保、ここから台湾東岸の
紺野二佐が前総統に尋ねる。「前総統、どの程度の戦力を人民解放軍南部戦区は与那国島に振り向けてくるのでしょうか?私どもの推測では、航空戦力を搭載、攻撃力のある075型強襲揚陸艦は3艦全艦を台湾攻略に振り向けて、先頭諸島には、兵員輸送を主として071型揚陸艦を6隻振り向けてくると考えております」
「こちらもその程度と思っている。そうだね?陳大将」
「ハ!我々も071型揚陸艦を6隻、先頭諸島に振り向けてくると予測しております。九州程の大きさの台湾本島と20平方キロの与那国、200平方キロ程度の石垣、宮古では攻略方法も違ってきます。先頭諸島の周囲は遠浅のサンゴ礁、喫水が5メートル以上の強襲揚陸艦は海岸線に近づけません。せいぜい、岸から数キロのところを遊弋するしかありません。他にヘリと空挺部隊の輸送航空機での上陸作戦もありますが、地上からの対空ミサイル攻撃で成功する確率は低い。やはり、726型エアクッション揚陸艇、ホバーと上陸用舟艇、偽装させた民間漁船で陸戦部隊を揚陸させるでしょう。まさか、ホバーと上陸用舟艇に対して、自衛隊が貴重で高価な12式地対艦誘導弾を使うはずもありませんからな」
「各兵員千名で合計6千名の陸戦隊。726型エアクッション揚陸艇4隻✕6の24隻、上陸用舟艇LCVP2隻✕6の12隻。それと071型の護衛で、蘭州級駆逐艦か南昌級駆逐艦が3隻、039A型潜水艦3隻、091型原潜1~2隻という戦力ではないかと。そして、残りはほぼすべて台湾攻略にあててくると思ってます。空母は南部戦区所属の山東は台湾攻略に。東部戦区所属の福建は電磁カタパルトの不備で出てこれない。北部戦区所属の遼寧はエンジントラブルで大連港で修理中です」
エレーナがアニータに言って、部屋の壁にPCの画面をプロジェクターで映し出した。「これが、南部・東部・北部各戦区の主要艦艇一覧表です。白抜きの☆印が先頭諸島攻略に使用される艦船です。その他はほとんどが台湾本島の攻略に向かうと予想されます」
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「う~ん、航空戦力がわからないからなんとも言えないが、自衛隊が劣勢かな・・・ん?このレールガン、パイクミサイル、それにTOS-1・・・こんなものがこの島にあるのかね?中国の強襲揚陸艦にもレールガンが?この『尾崎の開発』とは何だ?」と陳。
「陳大将、説明すると長くなるんですが、レールガン、パイクミサイル、それにTOS-1が人民解放軍の知らない我が方の秘匿兵器になります」と紺野。「我が国も少ない手駒でなんとか人民解放軍に対処しようと思っております」
「信頼しておる。運命共同体だ」
「そのとおりです、陳大将。それに、
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