10月12日火曜日 死者の代理人
朝。
昨晩久しぶりに解放したせいか、どうやら僕の
必然、マナもいた。僕の勉強机に向かい、こちらに背を向けている。
「……おはよ。ごめんね、昨日。なんか嫌な気持ちにさせちゃったみたいで……」
「逆だ、マナ。謝らないでくれ、悪いのは僕だし、僕だけが悪い。本っ当に謝りたい。また、仲良くしてくれるか?」
僕はマナに向かって深く頭を下げる。
マナとここから……性欲なんかのためにぎこちなくなるなんて、受け入れられない。
「……そうなの?私はてっきり、私が邪魔者なのかなって」
「そんなわけない。改めて、本当にごめん」
「ふーん。ぷふっ。顔おもろ。いいよ。それなら、もちろんいいよ!」
マナはからりとした笑顔で、僕のことを許してくれた。
僕はほっと表情筋を緩めると、すぐにマナに切り出す。
「マナ。マナの代わりに、『永遠センセーション』でボーカルをやる奴に接触したい。女子の中に、岩橋達と接点のありそうな生徒はいるか?」
永遠センセーション……マナが夏に結成し、文化祭ライブに出場するはずだったバンド。
マナ、榮、野上、そして……きのう僕が調査対象に定めた、岩橋からなる4人組バンドだ。
マナが死んだ以上、代役のボーカルを入れて文化祭ライブに出場するのではないかと僕は踏んでいる。
「?どうしてそんなこと聞くの?」
「僕は今日から……新藤部長に不自然な避けられ方をしてる岩橋にフォーカスして、調査を進めようと思ってる。でも尾行は、やってみて思ったけど……かかる時間に対して効果が薄いと思ったんだ」
「尾行が……効果的じゃない?」
「そう。なんせ、事件は1ヶ月前に解決したことになってる。いまさら後を
「なるほど。でもそれがどうして、私の代わりのボーカルの話になるの?」
「周囲の人間関係から、岩橋本人に何かおかしな様子がなかったかを探りたいんだ。このタイミングで永遠センセーションに加わるメンバーは……現メンバーと比べれば、比較的怪しまれずに接触できるんじゃないか?」
ここで新藤や岩橋に直接接触して……仮に2人のどちらかが殺しをやっていた場合、嗅ぎ回っているのを勘付かれるのは絶対にアウトだ。証拠を掴み損ねる可能性がある。
岩橋の人となりを明らかにするには……外堀から突き崩していくのが安全だろう。
「うーん。女子のギタボは2人いるんだけど……どっちも先輩なんだよね。でも、同級生に……めっちゃめちゃ上手いボーカル専門の子がいる。岩橋くんの技術なら、ギター1人の編成でも元の演奏を再現できるかも」
「そうなのか。名前は?」
「
「え……?どこで?」
「軽音部の部室。1番奥に座ってた、おでこ出してた子」
「!あの女か……え、会っちゃってるならこのプラン、意味なくね……?」
「……んー。でも、渚ちゃん以外に思い当たる部員、いないや」
「マジかよ……仕方ないか。分かった、
僕は今日の目標を決めると、マナに宣言した。
「マナ。僕は今日から、新藤が何か知っていると断定して……軽音部以外は度外視する。やれることなら、校則もなんでも無視して、無茶でもやる。これで全部が空振ったら、また1から探り直しだし……下手したら、迷宮入りだ」
「……賭け、だね。でも確かに、合宿が終わった25日から29日までのあいだ、他の人が関わってくる要素はなかったし。軽音部以外で元から関わりある人なんて、家族かしんたろーくらいしかいない。それでいいと思う」
部長、
『永遠センセーション』メンバー……
そして代理ボーカル候補の、
この5人から……マナを殺した犯人に繋がる情報を掴む。
この賭けを外せば……マナが死ななければいけなかった理由を、僕は一生わからないまま生きていくしかないのかもしれない。
__________
昼休み。僕はトイレの個室でおにぎりを食べ終えると、バッグを開いた。
「……仕方ない」
僕はバッグから
「いって……」
久しぶりの作業に、おでこのニキビを潰してしまった。舌打ちしながら、マスクとメガネをつける。
トイレの個室を出て、3-Fへ。
席で食事をしていた蔵富に接触する。
「こんにちは」
先日のイメージと変わらず、陽キャだ。アリエルみたいな髪型に、横幅の広い目。校則でメイクは禁止のはずだが、バチバチとしたまつ毛がすごいことになっている。ギャルっぽい顔のパーツの中で、鉤鼻だけが強く主張している。
一軍グループなんだろう。女子3人と喋りながら食事をしている。
「……誰?」
「3-C、
偽名、偽クラスを使った。この中に3-C……つまり、文系特進クラスの女子がいたら終わりだが、取り巻きに賢そうなのは居ないと見た目で判断した。
なんなら蔵富も理系特進クラスにはまったく見えない。男とクラブハウス(?)でヨイショヨイショ(?)やってそうな見た目だ。
「あんまり目立つ方じゃないから覚えてないか?どうだ?」
僕はそこでマスクを外すことで、「怪しいもんじゃありませんよ」アピールをする。
「文系特進クラス……?いたっけ」
「いや……わかんないや」
「知らなくてゴメン」
中学も3年目なのに誰にも偽名と変装がバレなかった。覚えられにくい顔が重宝した。
「いや、いいんだ。俺のこと覚えてる人の方が少ないし。ちょっと聞きたいことがあってさ」
いつもより低い声を出しながら僕は蔵富に言う。
「なに?」
「歌が上手いって聞いたぜ。もうすぐ文化祭だろ?俺、仲間と中庭のフリーステージに
文化祭には、軽音学部やダンス部しか出演できない「メインステージ」と、誰でも申請すれば演奏ができる「フリーステージ」とがある。
僕はそのフリーの方に、蔵富を誘った。
もちろん、僕はバンドなんてやる予定はない。
「へっ?私たち初対面なのに??ちょっと待って面白すぎない?」
取り巻きも含めてケラケラとした笑いが起きる。顔が恥ずかしさで火照るのを、マナのためだと必死で押さえ込む。
そう。この誘いは、断られるのが目的だ。
蔵富が音楽をやる予定を聞き出すための、布石。
いきなり演奏を「聞きたい」と言えば、ナンパ目的か何かと勘違いされて警戒されかねない。
あくまで「蔵富本人」ではなく「蔵富の歌」目当てで近づいたのだと、思ってもらう必要がある。
いいよ、なんて言われたら……楽器なんてなに一つできない上に、仲間なんていない僕は詰みだ。
「……ごめんけど、文化祭は忙しいんだよね。実行委員会に入っててさ。スパルタで」
それでいい。第一関門はクリアだ。
「そっかあ〜、残念だな」
僕は大袈裟に残念がると、
「どこかで蔵富の歌を聞ける機会とかないかな。なんせみんな、蔵富の歌はスゲェ!って言うもんでさ」
と、カマをかける。
「!それなら……」
来たか?
永遠センセーションでボーカルをやることが決まっていれば、それを出してくる可能性が高い。
来い!
「あたし、学外でバンドやってんだよね。3日後の金曜日なんだけど……
ハズレか……。
蔵富はキラキラとした目で見てくる。それは完全に「チケット
「この『Anaphylaxie』ってのが、私たちのバンド名ね。出順は19:30から」
アナフィラキシー……。永遠センセーションじゃない。完全な空振りだ。
さらには、この流れでやんわり断る胆力は僕にはなかった。
「3000円でいいよ!!どう?」
いや、それでも
「……ほんと!嬉しい、行かせてもらうよ」
泣きそうになりながら、3000円を手渡してチケットを受け取った。
「ありがと!!あ、そうだ。川路くん、3-Cなんでしょ。
あいつギターうめえくせに
ん?岩橋?
僕は、半ば諦めていた岩橋の情報が蔵富の口から出たことに、一瞬反応が遅れた。
「……なんだって?他には、同級生はいるの?」
「うーん、知ってるかなあ……ほら、3-Aの野上くん。ドラムなんだよね」
野上……野上修吾。あのツイストパーマか……
「メンバーは……4人?全員、ウチの生徒?」
「ううん、ベースは大学生のサポートメンバーで……もう1人、サックスがいる。軽音部の部長でね、新藤先輩って人なんだけど」
「……なんだって!?」
掴んだ……!岩橋と新藤の接点……!
新藤が、避けていた岩橋とバンドをやっているという新情報。
永遠センセーションの代打ボーカルを探すよりも、遥かに耳寄りな情報だ。
「……もしかして、岩橋のブリッジストーンチャンネルでコラボしてた5人って……?」
「あ、知ってんだ?そう、私たちだよ」
でかした……蔵富渚!!
僕は今……部長と岩橋が確実に接触する場所に合法的に侵入できる権利を、3000円で買うことができたことになる。これで手がかりを掴めるなら、安いものだ。
蔵富は僕の様子には目もくれず、取り巻きの女子に話すようにベラベラ喋ってくれる。
「なーんか、プロになるんだ〜とか言っちゃっててさ、ウケるよね」
プロになる……だって?
それ、もはや一生を共にするレベルの覚悟なんじゃねえのか?
それなのに、新藤は岩橋と気まずい状態にあるとでも言うのか……?
聞けば聞くほど、新藤の行動がおかしさを増していく。
「ね、これ。『Anaphylaxie』のインスタ。まだアカウント作ったばっかだからさ、フォローしてよ」
「……やべ……。ごめん俺、インスタやってない。始めるから、写真だけ撮らせてもらっていいか?」
「え、ウケる!インスタやってないの!?いいよ!帰ったら絶対フォローしといてね!」
僕は「インスタをやっていない」ということだけで「ウケる」と言われ、勝手に卑屈になった。
なんとか気持ちを保つと、蔵富のスマホ画面を撮影させてもらう。
「てか、岩橋くんと仲良いんだ?」
「……うん、そこそこ仲良いと思う。でもあいつ、見栄張って俺にライブやるとか言ってくれないからさあ。俺がライブ観に行くこと、黙っててもらっていい?サプライズで行きたくて」
「ぷっ、なんか女子みたいなこと言うね。おっけー。黙っとく!」
新藤。お前の行動は……マナを殺したことと、繋がるのか?
_________
夜。
「マナ。部長と岩橋は、どういう関係だった?」
「え、なんでそんなこと聞くの?仲良かったよ。部長は高2なのに、岩橋くんを対等な存在くらいに見てた感じ。合宿中も、岩橋くんと部長は上手いベースとドラム捕まえてセッションしまくってた」
「……だとしたら、おかしい。僕が見る限り、2人は学校内で接触がなさすぎる。ましてや、部長は岩橋を見た途端に、避けるような動きをしたんだ」
「……学年が違うからじゃないの?部活内でも、組んでるバンドが違うんだし。部活以外で関わらないのも変じゃないんじゃ」
「いや、それが違ったんだ。部長と岩橋は、蔵富と野上と一緒に……学外で『Anaphylaxie』というバンドを組んでいた。よく知らないけど、バンドをやるんなら話し合いも増えるだろう?ましてや新藤は……そのバンドでプロになる、とまで話してたそうだ。なのに昼飯を食ったり一緒に帰ったりすらせず、立ち話の一つもない」
「確かに、それは変だね……バンド組んだら、部活外でもよく話すようになるはず」
「だよな。調べれば調べるほど、新藤はどんどん怪しくなる。Anaphylaxie……詳しく調べる価値があるはずだ」
僕がそう言うと、マナも頷いた。
「そのバンド……野上くんまでいるって今、言ったよね。メンバーの半分、永遠センセーションじゃん……なんか引き抜かれてるみたいで、気持ちよくないかも」
「マナも気になるか?このバンド」
「うん。なんかムカつく」
「オッケー。それならここからは……マナの出番だ」
「え?どういうこと……?」
「Anaphylaxieの練習場所に潜入する。そこで、幽霊であるマナを部屋に送り込んで……盗聴するんだ」
マナにしか、そして僕にしかできない調査方法。その名も、「
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