第46話 郭と反省会 2027年3月19日(金)18時半
藤堂は、ウエスティンホテルに戻るとすぐに郭に電話した。
そして、その晩、二人は三元橋の「月山」という日本料理屋で会う約束をした。
藤堂は、ここの女将とは北京赴任時代からの知り合いであった。
ここは、ふすまで仕切られた個室がいくつかあるので、内緒話をするには都合の良い料理屋であった。
亮馬橋のウエスティンホテルから三元橋の月山までは歩いて15分ぐらい掛かるが、藤堂はなぜか歩きたい気分であった。
北京の「もうすぐ春」を予感させる様なひんやりとした空気の中を一人で東三環路を歩くのはとても心地が良かった。
大きな仕事をやり遂げたという充実感がその心地よさを倍増させた。
藤堂は、月山に待ち合わせの時間ちょうどに着いたが、郭はまで来て居なかった。
藤堂は、これまでの人生経験の中で確信している事が一つあった。
それは「夕食の約束をした時、いい女は必ず遅れて来る」という事。
そんな事を考えていると、個室のふすまが開き、郭が入って来た。
「藤堂さん。ごめんごめん。お客がなかなか物件を決めてくれないから遅くなっちゃった」
「いや、僕こそ、急に誘って悪かった。今日はどうしても郭さんと祝杯を上げたかったんだ」
「さっき電話で少し聞いたけど、うまくいったみたいね」
「ああ、思いのほかうまくいったよ。呉董事長から浅田自動車株を売却していいという承認をもらったよ」
「良かったわね。じゃあ探偵の費用も無駄じゃなかったという事ね」
「全然、無駄じゃなかったよ」
「でも、藤堂さん、勇気あるわよね。日本人で中国国営企業のラオバン(経営者)を脅したのは、藤堂さんが初めてじゃない。聞いた事ないわよ。でも、日本に帰る時、気を付けてね。はめられて公安にスパイ容疑で捕まったら大変だから。だいたい捕まった人は、帰りに北京空港でタクシーを降りた時に捕まってるみたいよ」
「おいおい、やめてくれよ。不安になるじゃないか。そんな事を考えたら楽しくお酒が飲めなくなるじゃないか。郭さん、乾杯しよう。今回は本当に郭さんにお世話になった。非常感謝(とても感謝します)」
藤堂がそう言うと、二人はビールのグラスをカチンとあてた。
ひとしきり話が盛り上がったところで、藤堂が郭に言った。
「しかし、中国って、本当に不思議な国だ。金と女の為に権力を持ちたがる男が本当に多い。だからいまだに贈収賄が日常的に行われている。倫理観が育っていない。だけど一方で、電子決済やEコマース、デリバリーなどの科学技術を使ったシステムは世界一と言えるほど進歩している。民度という文明の進度を表す言葉では説明しきれない国だよ」
「女の為かどうかはわからないけど、お金に貪欲なのは確かね。それは、お金さえあれば何でもできる、違う国にだって移住出来るからね。結局、国はあてにならない、自分の生活は自分で守らないとという意識が強いのだと思う。中国は、鄧小平が社会主義市場経済を提唱してから、政治は社会主義の専制政治だけど、経済においては自由競争、資本主義。お金持ちが、それを資本にしてもっともっと稼げる。チャイニーズドリームだってある。でも、それは、政府は全て承知している、つまり政府がコントロールできる範囲で稼がせてくれてるってわけ。皆な気づいていると思うけど。だから政府にたて突くと稼げなくなる。アリババのジャックマーがいい例よね。そのうち、微信宝(ウイチャットペイ)や支付宝(アリペイ)だって使えなくなるかもね。中国政府がデジタル人民元の普及を狙い、独自のAPPをつくったら、もうおしまいね。でも、中国人は逞しいからまた何か違う金儲けの手段を考えると思うけどね」
郭は笑いながら言ったが、藤堂は郭の意見に感服した。
そして、郭は笑みを浮かべながら藤堂に言った。
「だから、藤堂さん、将来どうなるかわからないから、今を楽しみましょうよ。私思うの。人生って『最大の暇つぶし』だと。だって自分の意思で生まれてきた訳じゃないでしょ。そして、死ぬまでの時間、何かをして時間を消費しなきゃいけないわけじゃない。仕事をして暇をつぶしてもいいし、適当に遊んで暇をつぶしてもいい。でも何もしないで時間を消費する事なんて出来ないじゃない。だから、私は、どうせ暇をつぶすなら楽しく時間を過ごした方がいいと考えてるの。それに、どんなに大変な仕事をしていても、プレッシャーに押し潰されそうになっても、『これって暇つぶしなんだ』と考えたら、結構気が楽になるの」
藤堂は、郭がそんな哲学的な話をするタイプだとは思っていなかったので少し驚いた。
そして、藤堂は郭に言った。
「じゃあ郭さん、今晩も楽しい時間を一緒に過ごそう」
「ははは、なんか藤堂さんがそう言うといやらしい感じがする」
藤堂は、日本料理屋の個室で、こんなに日本語が流暢な女性と話していると、そこが北京である事をすっかり忘れそうであった。
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