第43話 郭からの報告  2027年3月12日(金)10時 

 藤堂が北京から東京に戻って二カ月が過ぎた。

 浅田自動車のエンジンが中国人民解放軍の軍用ジープに搭載されているという事は、事実確認が出来ないまま徐々に報道量は減っていき、世間は、おそらく事実はわからないだろうという様な雰囲気になっていた。

 事実が確認できないという事は、事実なんだと思う人が増えていったのも事実であった。

 その様な状況の中で、浅田自動車の販売台数は減り続けた。

 特に、対中感情が悪い日本と北米市場の販売台数が激減していった。

 そして、藤堂が、インターネットで浅田自動車の株価を確認していた時、携帯電話が鳴った。

 微信(ウィチャット)の電話である事は、その呼び出し音からすぐに分かった。  

 画面に「郭 北京」という文字が表示されていた。

 藤堂は急いで電話に出た。

「もしもし、藤堂さん?郭です」

「郭さん、電話待ってたよ」

「ごめんなさい。春節があったので、手間取っちゃって。でも、見つけたわよ、愛人」

「本当に?」

 藤堂は、自分の勘が当たった事が嬉しかった。

「しかも社内。あの男、北首汽車のマーケティング部の女に手を出していたのよ。探偵が、呉董事長が毎週金曜日に一人の女性と食事をする事を突き止めたらしいの。そして、その女性の写真を撮って調べたら、北首汽車の社員だったわけ。食事の後に、いつもグランドハイアットホテルに行くらしいんだけど、部屋も二部屋取っているらしくて、わざと時間差を作って二人別々にチェックインするからなかなか決定的な瞬間が抑えられなかったんですって。そしたら、先週、雲南省の大理で北首汽車主催の新車メディア試乗会があって、探偵がメディアから呉董事長も参加する事を聞きつけて、何かにおうと思って大理まで追っかけて行ったらしいの。そしたら、案の定、そのマーケティング部の女も試乗会会場に居て、夜、メディア懇親会が終わった後に、その女が呉董事長の部屋に入って行くところを見たらしいの。もちろん、その女が部屋に入るところは写真に抑えたらしい。でも、それだけでは決定的な浮気の証拠にはならないので、探偵は急いで庭に降りて、北京から持って行った小型ドローンを上げて、呉董事長の部屋の中の様子を撮影したらしいの。そしたら、部屋のカーテンが半分引かれてなかったみたいで、ばっちり二人がキスをして抱き合っているシーンが撮影出来たらしいの。ねえ、凄くない?」

 郭は、かなり興奮した口調で説明した。

「凄いね。何が凄いって、ドローンで撮影しちゃうところかな。流石、中国だね」

「その写真、後で、メールで送るね」

「収賄の方は?」

「それも大変だったみたい。結果的にはまあまあ成功かな。探偵が知り合いの大手広告代理店に北首汽車との接点が無いか聞いてみたらしいの。そしたら、その代理店はコンペに負けて、北首汽車の仕事はしていない様なんだけど、その人の知り合いに、以前、北首汽車を担当していたデジタル広告の代理店の人がいて、何でも途中で契約を切られて痛い目にあったって事を聞いたそうなの。それで、探偵はそのデジタル広告代理店の人に会ったの。あっ、その人はそのデジタル広告代理店の総経理(代表者)ね。そしたら、その総経理が言うには、北首汽車との契約は二年契約で、一回契約更新して、三年目に仕事していた時に、不正が見つかったとかの言いがかりをつけられて急に契約を切られたんだって。でも、その総経理曰く、一回目の契約更新の時に、一応コンペだったらしいんだけど、その時に、北首汽車のマーケティング部の総監(部長)に五万元、呉董事長にはロレックスと現金十万元を渡してコンペに勝たせてもらったらしいの。その現金とロレックスは、自主的に渡したのではなく、北首汽車のマーケティング部の部長に要求されたらしいの。それで、そのマーケティングの部長が、呉董事長と代理店総経理の食事会をアレンジして、その時に総経理が直接、呉董事長にロレックスと現金を渡したらしい。総経理もその現金とロレックスが無駄になってはいけないと思って、その様子を同席していた部下にこっそり動画撮影させていたらしいの。その代理店の総経理は、その動画を、呉董事長以外の人間に絶対に見せないという誓約書を書くなら十万元で売ってくれると言っているの。どうする?」

 藤堂は、習近平体制になって汚職の取締りが厳しくなったとは言え、はやり中国ではこの様な贈収賄は日常的に行われているんだなと思った。同時に、呉董事長も脇が甘いなとも思った。

「もちろん、その動画を買うよ。でも、その代理店は大丈夫かい?僕がその動画を呉董事長に見せたら、もうその代理店は、未来永劫、北首汽車の仕事は出来なくなる可能性がある」

「それは私も言った。でもいいんですって。そのデジタル代理店、今、北首汽車のライバルの成都汽車の仕事を大々的にやっていて、もう半永久的に北首汽車から仕事はもらえないと思っているらしい。それに、賄賂まで渡したのに途中で簡単に契約を解除された事に相当頭にきてたらしい。動画もこの先、使う事は無いだろうと思っていたところに、買ってくれる人が現れたってわけ。そゃ売るわよね」

「わかった。十万元はちょっと高いけど、買って欲しい。代金は探偵事務所に建て替えてもらう事は出来るかな。今回の愛人調査の件も含めて、探偵事務所から一括でインボイスがもらえるとありがたい」

「了解。探偵に相談してみる。私、信用あるから多分大丈夫だと思う」

「ありがとう。では、来週、呉董事長にアポが取れたら北京に行くよ。決まったら連絡する」

 藤堂は正直、こんなにうまくいくとは思っていなかった。

 流石、郭だと思った。郭とカラダの関係になっていなければ、ここまで自分を信用してくれる事はなったであろうとも思った。藤堂は、肉体関係こそが、人間の最も強い絆を生むと確信した。

 しかし、藤堂は電話を切ると、現実に戻り、ふと思った。

「僕は、本当に、呉董事長を脅迫する事が出来るのだろうか?」と。

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