第2話 ぬいぐるみの持ち主は極道一家のお嬢でした


 春休みを終えて、新学期を迎えた初日の教室。

 俺の右隣には昨日出会った麗鷲うるわしてんさんが座っていた。

 銀色の長髪が春の風に揺られてなびく姿はとても雅だった。


 え? なんで?

 

「やっべ、麗鷲うるわしさんめっちゃ美人だ」

「まさに傾国の美女だな」

「近寄んなオーラやばいけど、お近づきになりてー」

「やめとけ。近づいたら最後、山に埋められるか、海に沈められるぞ」

「ひぃ……怖ぇ……」


 教室が騒がしいのは新学期で浮かれているせいだけではないんだろう。

 数々の視線は麗鷲うるわしさんに向けられ、みんながヒソヒソと話してる。


 話を聞きかじるとこうだ。

 

 麗鷲うるわしてんさん。

 いわく、この街を牛耳る暴力団組織である麗鷲組の三代目組長の孫娘。

 いわく、校内人気女子の中でもトップを超えた存在、番外に位置する。

 いわく、冷酷無慈悲で自ら人と関わっているところを誰も見た事がない。


 内容は大きく分けて、いわゆる黒い噂から、美貌を称賛するものの二つ。

 恐れ多くて告白は出来ない人達が集まったファンクラブがあるとも聞いた。


 俺は去年別のクラスで関わりがなかったというのと、地元を離れてこの学校に進学し、友達と呼べる人はおらず人間関係の話に疎かった。


 そんな俺でも麗鷲うるわしという名前に聞き覚えはあって、噂話は度々耳にしていた。

 

 まさか昨日会った人が、極道一家のお嬢だったなんて!

 

 必死にぬいぐるみを探している姿や見つかったときの喜んだ姿が、これまで聞いていた噂とは似ても似つかなくて分からなかったんだ。


 ちらっと麗鷲うるわしさんを盗み見る。そりゃあ噂に違わぬ美しさだ。

 長いまつ毛が耽美な空気を醸し出してるし、見るものを自然と目が吸い寄せられるような気品がある。着物姿も綺麗だったけど制服姿も綺麗だなあ。

 

 というかさっきから麗鷲さんがめっちゃこっち見てくるんですけど!

 じー、という効果音が付きそうだ。


 いや、俺のことを見てるわけじゃなくて、窓から景色を眺める間に俺がいるだけだ。


 きっとそう。

 

 俺は背筋を伸ばしたり机にうつ伏せになる、すると麗鷲うるわしさんの視線は照準を定めたように俺の動きに追随してきた。

 

 ふう、と俺は視線を机に向ける。


 完っ全に俺のことみてるじゃん!


「あいつ目つけられてるぜ」

「学校生活終わったな」

「あの冷たい瞳に睨みつけられてぇ」

 

 え、俺の学校生活終わったの?


「ねえ」


 右から艶めいた声が鼓膜を揺らす、背中がゾクっと震える。

 何事かと右に顔を向けると、目と鼻の先に麗鷲さんが居た。

 すっと通った鼻梁、潤った唇。どれをとっても美しいなあ。


 って、近い近い! 暴力団って美しさの暴力のことですか!?

  

「山と海どっちが好き?」


「え……」


 これって、昨日俺が麗鷲うるわしさんをちゃん付けで名前を呼ぶという失礼を働いたせいで消されるのか!? ケジメつけさせられる?!


「どっちが好き?」


「海かな」


 有無を言わせぬような迫力に、どうにか答えを絞り出した。

 ああ、死ぬなら山より海が良いな。

 山は虫が多そうだし、海の方がきらきらしてて綺麗だ。魚に食べられるのも悪くない。


「そう」

 

 麗鷲うるわしさんは唇の端をゆっくりとあげて妖艶な笑みを見せた。


 はい、今までありがとうございました。

 母さん産んでくれてありがとう、妹よ不甲斐ないお兄ちゃんでごめんな。


 俺は人知れず祈りをささげた。



 昼休み。麗鷲うるわしさんは授業が終わるや否や、俺の机の前に立った。


「ちょっと着いてきて」


「はい」 


 猛禽類のような鋭い視線で見下ろされては、こう答えるしかなかった。

 

「あーあ、焼き入れらるんじゃねあいつ」


 教室を出る間際に聞こえたクラスメイトの言葉に戦慄が走る。

 ただでさえビビってんのに、不穏なこと言わないでくれよ。

 

 麗鷲うるわしさんに連れて来られたのは人気のない体育館裏。

 随分とおあつらえ向きな場所だった。ぼこぼこにされるのかな。


相楽さがらくんこれ」


 麗鷲うるわしさんが渡してきたのはずっしりとした黒い四角い塊。


「これは?」


「そこに座って」


 指をさされた場所は、体育館裏口扉の前にある小さい広場。

 俺は浅い階段を数段上がってそこに正座し、黒い塊を太ももの上に乗せる。


 これはそう、江戸時代にあった拷問の一種である『石抱き』だ。 

 今から俺は昼休みの間、これを乗せてないといけないのだろう。

 ふう、もってくれよ俺の足。


相楽さがらくん、それ足痛くない?」


「……痛いですね」


 アスファルトに正座して、その上にこの塊だから痛いに決まってる。


「普通に腰掛けたらいいのに」


「え?」


 いいんですか?

 麗鷲うるわしさんの申し出に俺は体勢を崩す。


 麗鷲さんは俺の横にぴとっと座った。肩が触れそうになるほど近くて、横から見下ろすと胸が大きいのが浮き彫りになる。そして、ふわりと女の子特有のいい香りが鼻をくすぐる。


 足が解放されてよかったけど、じゃあこの黒い塊はなんだろう?


「開けてみて」


 いわれて気づく、これただの黒い塊じゃなくて重箱だ。

 漆塗りに金色の絵が書かれてある相当上等なやつ。ビビりすぎて上手く認識できてなかったわ。


 蓋を開けると、そこには数々の日本料理が敷き詰められていた。

 金目鯛の煮付け、さわらの西京焼き、鮭の塩焼きなど、料亭で出てきそうな仕上がりの料理に思わず声が出た。


「うわあ、美味うまそう!」


「昨日のお礼がしたくて、山の幸か海の幸どっちが好きか分からなかったから両方持ってきたの」


 麗鷲うるわしさんはもう一つの重箱を取り出して、広げるとそこにはお肉や山菜が入っていた。

 海か山どっちが好きって聞いたきたのはこのため? お礼すごすぎない?

 

「こんなに美味しそうな食べ物受け取れない」


 だって絶対に高いに決まっている。

 一人暮らしの貧乏学生には到底食べられないものだ。


「いいえ、昨日私がしてもらったことに比べたらこれくらいじゃ足りない。恩義を返させて欲しいの」


「そんなことは……」


 俺がしたことは迷子のぬいぐるみを見つけて、腕を縫い合わせた。

 作業時間でいうと数分くらい。

 

「私の作った料理は食べたくない?」


 しゅんと肩を落とす麗鷲うるわしさんはやけに小さくみえた。

 というかこれ麗鷲さんの手料理?! 


「食べたいです! 食べさせてください!」


 目の前の女の子を悲しませたくない。

 それに作ったものを受け取ってもらえない辛さは俺が一番知っている。


 それに俺が女の子の手作りお弁当を食べる機会なんて、人生で二度とないチャンスだ。


 そして、「いただきます」と手を合わせる。

 渡されたお箸も割り箸とかじゃなく高級そうな漆塗りだった。


 まずは金目鯛の煮付けを一口。


「美味しすぎるっ!」


 なんだこれ?!

 身がほろほろと崩れて、鯛の脂の甘みと漬け込んだたれが口に濃厚に広がる。俺の舌でこの繊細な味が感じ取れているか怪しいくらいだ。


「良かった。本当は皮だけ炙って刺身で食べて欲しかったけれど、お弁当で生は危ないからちゃんと焼き入れてきた」


 焼き入れてきたという言葉になぜがビクッと震えてしまう。

 ふう、焼き入れられるのが俺じゃなくて良かったー。


 次の段を開けるとお米が入っていた。

 そこにはただお米が敷き詰められているわけじゃなくて、おにぎりを組み合わせてクマさんの形を作っていた。


 え、キャラ弁?! おかずは日本料亭のような品格があるのに、このかわいいキャラの組み合わせって振れ幅がすごい。


 それから食べ進める一品一品が美味しすぎて夢中になり、かなりの量だというのに気づいた頃には食べ終わっていた。

 ごちそうさま、と重箱の蓋を閉じて麗鷲うるわしさんに返すと、受け取った麗鷲うるわしさんが俺に向き直る。


「ひとつお願いがあるの」


 お礼にしては貰いすぎだと思ったから、できることはしたい。

 麗鷲うるわしさんは真剣な顔ですがるようにいう。

 

「汚れ仕事なんだけどいいかな?」


 ああ、今度こそ俺の身がやばそうです。

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