2−4 誘拐日和
澄み切った青空、爽やかな風、暖かな気温。
いやー、今日は絶好の誘拐日和だな。
青空の下で大きく背伸びをして、初夏の太陽を身体一杯に浴びる。
うーん、健康って素晴らしい。
「……なんだか、お年寄りみたいなセリフですね」
クリスが呆れながら呟いた。
クリスには経験が無いだろうけど、健康的な身体を持つことがどれほど幸せな事かがわかっていない!
ちょっと歩くだけで息切れしたり、翌日に熱が出て寝込んだりしないってすごい事なんだからね!
「そんな事より、さっさと済ませてしまいましょう。ケネスは先にオウルニィを出発した事を確認しております」
「そうだね。それじゃあ、サクッと誘拐されに行きましょうか!」
「……とても、誘拐される側のセリフではありませんね」
私達は転移術を使ってケネスの馬車まで転移した。
ケネスは突然現れた私達にビックリしていたが、事前の打ち合わせ通りなのですぐに冷静さを取り戻した。
「ケネスさん、私はどこに押し込まれればいいの?」
「とりあえず、領境の関所まではまだ時間があるからそれまでは荷台でゆっくりとしておいて構わないよ。関所に近づいたら御者席に一番近い木箱の中に隠れてくれたらいい」
「これってバレない?」
「……まあこれは内緒にしてほしいけど、関所破りの手助けは何度か経験しているからね」
関所破り、つまり平民階級の者が領主の許可無く領境を越える行為は法で規制されている。
基本的に平民の移動は領内のみに限定されているのだ。
平民が関所を通過するには出身領地の領主の許可が必要になる。具体的には、行商人か役人、それと聖職者と稀に冠婚葬祭で移動する者にも許可が出る事もある。
関所破りは、犯罪者か商売を失敗して夜逃げをする者、それ以外の理由で借金をしてしまった人、そして時々勘違いした若者が新天地を求めて関所破りを行う。
「まあ内緒にしといてあげますよ。私達の詮索をしないと契約で明記しているのに、私がケネスさんの詮索をするのは筋が通りませんからね」
「……ありがとう。けど、関所破りなんてリスクが大きすぎてこちらのメリットが何もない事の方が大半なんだ。出来ればしたくない仕事のひとつだよ」
まあケネスにも色々としがらみがあるのだろう。その最たる例が今回の誘拐だ。
しばらくゴトゴトと馬車に揺られながら道なりに進んでいると、遥か前方に関所らしき建造物が見えてきた。
「アリアちゃん、そろそろ木箱の中に隠れて貰ってもいいかい」
「はーい。クリスは周囲の警戒をよろしくねー」
クリスは小鳥の姿に変化をして、関所の方向に飛び立って行った。
……本当に小鳥の姿のクリスは可愛いな。
私がそんな事を考えていると、ケネスは呆気にたられた顔をしていた。
「アリアちゃん……。クリスさんって一体……。というか、君達は……」
「ケネスさん。私達の事は詮索しない契約でしょ」
ケネスはまるで石を飲み込んだ様な表情で再び前に向き直した。
私は木箱の蓋を開けて中に潜り込み、蓋を再び閉じた。
……真っ暗だね。自分の姿も全く見えないよ。
用心のために、探知術と光学迷彩の術を掛け関所に到着するのを待った。
ゴトゴトとお尻から馬車の振動が伝わってくる。ずっと振動があるからお尻が痛くなってきたよ。
私は浮遊術を使ってほんの少しだけ身体を浮かせた。
……おお、全く振動が伝わってこない。
ちょっとしたアイデアに感動していると、馬車のスピードが落ちて関所に到着した様子だった。
「ようケネスじゃないか。今回はえらく早く帰るんだな。全然積荷がないじゃないか」
「今回はヨセミテの旦那から頼まれた手紙を出すだけだったからな。返事をもらったからトンボ帰りしているのさ。あんまり遅れると、旦那に大目玉を喰らうからな」
「ハハハッ、ヨセミテの旦那も人使いが荒いな。まったく、あんなに大店なんだからもうちょっと心付の額を増やしてくれたらいいのにな」
あからさまな賄賂の要求をしているよ。でも、こういうのはこの世界では当たり前なんだろうな。
「へへっ、旦那からじゃないが、今回は私が多めに出しておくよ。だからちょっと融通してくれないか?」
あからさまな賄賂の要求の見返りに、荷物の検査はせずに通せとケネスが要求している。
……ああ、私、どんどん汚い大人のやり方を学習していってる。
「チッ、まあいい。門を開けろっ!」
ケネスは関所の門番に銀貨の入った皮袋を放り投げた。
「ケネス!今度からはもうちょっと荷を増やしておけよ。税を徴収できんからな」
関所では、馬車の積荷の量に応じて関税が掛けられる。大体積荷の一割を関税として徴収されるのだ。徴収の方法は現金か現物の二択になっていて、大半の行商人が現物を税として収めている。
今回のケネスは積荷を積んでおらず、御者としてケネスがいるだけなので通行税も全く徴収できない。意地の悪い門番なら賄賂を払うまで門を開けない事で少しでも懐を温めようとするが、ケネスが先手を打って通行税よりも多めの金額を差し出したので、これ以上の要求を出せなくなったのだ。
「ああ、ヨセミテの旦那に、そう伝えておくよ」
ケネスが手綱を引き、馬車を前進させた。
私は木箱の中で会話を聞きながら、汚い大人の巣窟を後にしたのだった。
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