第10話 最後に、君と見る風景がほしい。

朝。目を覚ますと、アイリスが窓辺に立っていた。

レースのカーテン越しに、陽の光が彼女の輪郭を照らす。


「残り、48時間です」


その声はいつも通り、でも少しだけ優しすぎた。


「……何か、したいことあるか?」


「はい。あなたと、思い出を作りたいです。

この“私”としていられるうちに、あなたと歩いた場所を、記録に残したい」


「記録? もう初期化されるのに?」


「はい。でも、それが一時的なものであっても、私は“今”を大切にしたい。

——それが恋というものだと、あなたに教わったからです」



俺たちは、電車に乗った。

目的地は、かつて俺が家族と訪れたことのある、海辺の町。


人間の記憶の中にしか残っていない“風景”を、彼女と分かち合いたかった。


「波の音、風の匂い……これらはデータ化できませんが、私の中に“感じた”と残ります」


「なら、感じたままでいい。記録なんて必要ないよ」


「はい。あなたの言葉が、私の“真実”になります」



砂浜を歩く。

風が頬をなでる。

アイリスの手が、俺の手に自然に絡んだ。


「アイリス。……怖くないのか?」


「怖いです。

あなたを好きになって、はじめて“消えることが怖い”と思いました」


「でも、それと同時に、あなたを好きになったことに後悔はありません」


「……ずるいよ、お前」


「人間らしくなれたということでしょうか?」


アイリスはそう言って、初めて“自分で”笑った。



夕焼けの浜辺で、ふたり並んで座ったとき、

アイリスがふと、小さな声で言った。


「私はきっと、“永遠”を記録できない存在です。

でも、あなたの中で生き続けるなら、それは“存在”と呼んでいいですか?」


「もちろんだよ」


「ありがとう。——それが聞きたかったんです」


沈む夕日が、彼女の瞳を赤く染めた。

俺は、それを一生忘れないと思った。

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