第3話 逃避行の始まり2

街を抜けた三人は、夜の静けさに包まれながら、森沿いの街道を歩いていた。

遠くで夜鳥が鳴き、風に葉がそよぐ。

だがその穏やかさの中に、緊張は途切れることなく張り詰めていた。


「こっちよ、あの丘を越えたところに廃教会があるわ。昔、旅の途中で泊まったことがあるの」


ルディアの足取りは迷いがなかった。蒼真はその背を見つめながら、思った。


(この人は、本当にただの傭兵なのか……?)


口には出さない。

だが彼女の剣さばき、身のこなし、そして“星詠み”という言葉に対する理解。

どれもただ者ではない。


やがて辿り着いた廃教会は、石造りの礼拝堂で、蔦が絡まり、屋根の一部が崩れていた。だが、中は静かで、身を休めるには十分だった。


蒼真は凛花を毛布に包み、眠らせてから、そっとルディアに尋ねた。


「ルディアさん……あなた、前に“星に選ばれかけた”って言ってたけど、それってどういう――」


「それを話すには、まずこの世界のことを知らなきゃね」


ルディアは小さなランタンに火を灯し、窓辺に置くと、深いため息をついた。


「この世界、リュミナシアは、五つの“環”で構成されている。中心に“光の環”、その周囲に“命の環”、“理の環”、“闇の環”、そして最果ての“虚無の環”がある」


蒼真はじっと聞いていた。

聞いたこともない単語ばかりだが、何かが胸の奥でざわめいた。


「“星詠み”とは、“光の環”が選ぶ力。未来を読み、星々の意志と繋がる力。でもその代わり……その者は、運命から自由ではいられなくなる」


「運命から……?」


「“星に視られる”ってことは、“星に組み込まれる”ってこと。強すぎる星詠みは、この世界の“調律”に巻き込まれていく。だから、教団や帝国が探してるの。制御して、自分たちの手で使うために」


それは、あまりにも残酷な現実だった。


凛花は、まだ七歳だ。

星と繋がる力を持っていても、それを理解し、背負えるわけがない。


「……でも、俺は、妹を普通に生きさせたい。お姫様みたいにならなくてもいい。笑っててくれればそれで」


ルディアは微笑んだ。だがその目には、どこか哀しみが宿っていた。


「なら、もっと強くなりなさい。あの子が人であり続けられるように、君が“盾”になるしかない」


そのときだった。教会の扉が、きぃ、と軋んで開いた。


蒼真はすぐに立ち上がり、星剣を構えた。

けれど、入ってきたのは襤褸を着た旅人のような老人だった。手には奇妙な杖、腰には古びた本。


「おぉ、珍しいな……この教会に人がいるとは。ひと晩、休ませてもらえぬかのう?」


ルディアは目を細めた。

「ただの老人には見えないわね」


「わしは放浪の記録者、《語り部》じゃよ。星の記録を綴る者じゃ」


蒼真の背中がぞくりとした。

“星の記録”――まるで、凛花と関係があるような響き。


「では、君たち兄妹……特にその妹君に、“星が降りた”と?」


蒼真が剣を握る手に力を込めると、老人は笑った。


「安心せい。わしは見届けるだけの存在。運命の先を知るためにな」


そして語り部は、凛花を一目見て、そっと呟いた。


「なるほど、これは……“黄昏の星”じゃ。まこと稀なる……やがて、世界の均衡を揺るがす存在になるじゃろうな」


「な、なんだよそれ……!」


「ゆっくりでいい。旅の途中で、真実を拾っていくのじゃ。いつか、選ぶ時が来る――“星になるか”、あるいは“人のまま抗うか”をな」


語り部は、それだけ告げると、朝になる前に姿を消していた。


まるで、夢の中の幻のように。


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