第58話『フットワーク軽々王女様』

「カレン、王都に来ていたんですか!?」

「うん、王都なんて滅多に来ることないから観光しようと思ってね。フローラこそどうしてここに?」


 私が質問すると、フローラはフードを脱いでカウンター席に着く。

 丁寧に刺繍の施された青色のワンピース。小さなレザーポシェット。冒険者がよく履いている革のショートブーツ。護衛も付けておらず完全お忍びスタイル。


「行きつけなんです、ここ。公務で疲れたりした時には毎回ここのビーフシチューを食べることにしているんです」

「へえ、王家御用達か」

「いえ、ここの存在を知っているのは私だけです。もちろん、コルテリーゼも知りません」

「いいのそれ……?」

「はい、私がルールです」


 この王女様、笑顔でさらっととんでもないことを言ったよ。


「ん?」


 ふと横に目をやると、アメルとサツキが片膝を附いて頭を垂れていた。


「カレンのギルドメンバーですね。面を上げなさい」

「「恐れ入ります」」

「畏まった態度も不要です。カレンの友人は私の友人ですから」

「「……」」


 少し困ったような表情で見つめ合うアメルとサツキを見て、フローラはふふっと微笑む。


「彼女のようにしていただいて構いませんよ」


 フローラが指差したのは、お皿に残ったビーフシチューをバゲットでからめとっているテューエ。


「むー?」

「テュア、興味ないかもしれないけど一応偉い人だから」

「お気になさらず。逆にそうしていただいたほうが私としては気が楽ですから。私の側近たちもそんな感じですし」


 テューエにとって、優先するべきは人間よりも美味しい食事なのだろう。

 見知らぬ人であれば私もそうだけど、フローラは友人なので食事より優先したい。


「テュア、フローラは私の大切な友達だから仲良くしてあげて」

「かれんのともだちかー。それじゃーてゅあともともだちだねー。よろしくねーてゅあはてゅあだよー」

「テュアですね。よろしくお願いします」

「くふー」


 コルテリーゼがいなくて本当に良かった。

 フローラへの態度を見たら、コルテリーゼは確実に剣を抜く。

 サレヴィアと一緒で、戦闘の意思を見せてしまえばテューエは一切の躊躇なくコルテリーゼを殺してしまうだろう。

 怒ったテューエを止めるのは苦労するのでやめてほしい。


「ミラ、私にもビーフシチューを。あと、カレンたちの食事代は私が払います」

「……はい」

「えっ、自分たちで払うからいいよ」

「わざわざレスドアから来てくださったんですから、食事代くらい私に払わせてください」

「それなら……」


 お言葉に甘えさせてもらおう。


「ところで、サレンは来ていないのですね」

「家庭の事情で実家に帰っているんだ」

「それなら仕方ありませんね。美味しい果実酒を用意していたのですが……では、またの機会ですね」

「ごめんね」

「いえいえ、突然誘った私が悪いのです」


 王族とは思えない謙虚な姿勢。

 どこかのクソデブ変態神とは大違い。


「恐れながら王女殿下」

「友人なのですから畏まった態度は不要と言ったはずですよ。王女殿下ではなくフローラと呼んでください」

「では、フローラ様と呼ばせていただきます。それともう1つお許しいただきたくメイドという立場上、敬語だけは使わせていただけないでしょうか。砕けた口調には慣れておらず」

「仕方ありませんね。そういえば、貴方たちの名を聞いていませんでしたね」

「大変失礼致しました。サツキと申します」

「アメルだよ。あわわ、王女様にため口使っちゃったよ」

「サツキにアメル、よろしくお願いします」


 挨拶を済ませた時、タイミングよくミラがビーフシチューをカウンターに置くのだった。


「それにしても、1人で出歩いていいの?」

「ダメですね。自慢ではありませんが、私は命を狙われているんですよ。この前なんか演説中に襲撃されましたから」

「ダメじゃん!!」

「私には強い親衛隊がいますので心配いりません」

「今はいないよね」

「さっきまではいませんでしたが、今は超強い友人がいます」


 私たちを友人として誕生日パーティーに招待したい気持ちは嘘ではないのだろうが、他にも目的がありそうだ。

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