第35話『野生の巫女さんが現れた』

 カランカランというベルの音と共に、私たちは星籠カフェへと入る。

 ドアを開けた瞬間、香ばしいパンの匂いとコーヒーの匂いが鼻腔をくすぐる。


「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」

「3人です」

「では、こちらへどうぞ」


 店員さんに案内され、私たちは席に着く。

 石造りの床。木製の椅子とテーブル。天井から下がるのは小枝を編んだようなランプシェードに包まれた温白色の照明で、自然光に近く目に優しい感じ。

 昼過ぎにもかかわらず店内はお客さんで賑わっており、愛されているカフェだということが分かってしまう。


「こちらのメニューからお選びください。注文がお決まりになりましたらベルにてお呼びくださいませ」

「はーい!!」


 店員さんに対し、元気よく返事するアメル。

 アメルの笑顔を見て、笑みを浮かべる店員さん。明るくて元気なところが誰にも負けないアメルの強みだと私は思う。


「さて、どれにしましょうか」

「うぐぐ、どれもこれも美味しそうで選べないよ」


 メニューとのにらめっこの末、料理が決まった。

 私はクロワッサンとエスプレッソ。アメルはサンドイッチとミルクティー。サツキはバゲットとブレンドコーヒー。

 これからまた歩かなければいけないのと夜は祭りの屋台で食べ歩きをしないといけないので昼食は軽めにしておく。


「お待たせいたしました」

「きたー!!」


 料理が運ばれると、アメルが嬉しそうに両手を上げる。


「美味しそうだね」

「焼きたてとはナイスタイミングでしたね。アメル、冷めないうちにいただきましょう」

「それじゃあ、感謝の気持ちを込めてみんな手を合わせて……」

「「「いただきます!!」」」


 アメルの挨拶が終わり、私たちは食事を始める。

 焼きたてのクロワッサン。サクサクとした外側とふんわりとした内側の絶妙な食感のコントラスト。そして、バターの芳醇な香り。


「うまー」


 そのまま食べるもよし。

 エスプレッソにディップするのもよし。

 幸せである。


「サンドイッチも美味しいよ」


 アメルのサンドイッチ。

 大きいミックスサンドイッチがお皿に3枚。

 挟まれている野菜も新鮮で、かぶりつくとパリパリという音が鳴る。


「バゲットもいいですよ。外はパリっと中はもっちりしています。メイドは焼きたてのバゲットが大好きなんです。美味しくて美味しいので」


 余程美味しいのだろう。

 サツキから語彙力が消え去っている。


「「「ふうっ」」」


 美味しいパンと美味しいドリンクに満足した私たちはふうっと息を吐く。

 そんな時、ドアが開いて1人の客が入ってきた。


「へいますたー、いつものおねがーい」

「あら、テュアちゃん今日もお疲れ様。いつものチキンサンドとオレンジジュースね」

「それそれー」


 巫女服に身を包んだ少女。

 夜空のように落ち着いた深い藍色の髪。青と金のオッドアイ。

 仕事で邪魔にならないようにしているのか、腰まで届く髪を白いリボンで束ねており額には金色の星飾りを着けている。

 片方の耳には十字をモチーフにした金色のピアスをつけておりどこかで見たことあるような気がする。


「……テューエ?」

「あれ、だれかてゅあのことよんだー?」


 巫女服の少女と視線が合う。

 いつものローブドレスは着ていないが、その見た目と喋り方からして間違いないだろう。

 彼女こそ、竜界の第5位――『天竜』テューエである。

 まずい、うっかり口にしてしまった。


「ごめん、友人のトゥルエと間違えたよ。髪型が似てたから」

「んー?」


 咄嗟の言い訳。

 とてとてと歩いてきて、私の顔を覗き込んでくる。


「な、なに?」

「かわいいねーきれーなぎんぱつ」

「あ、ありがとう」

「さわっていー?」


 首を傾げてくるテューエ。

 ここは素直に。


「いいよ」

「やったーくふふ、さらさらー」


 私の髪を、慣れた手つきで触ってくる。


「ええっと」

「さらさらーさらさらーくふ、くふふ」

「食事中だから、もうそろそろやめてもらえると――」


 髪を触る行為を注意しようとした時、テューエが私の耳元に顔を近づけてボソッと呟いてくる。


「きみ、てんし?」

「……」


 テューエの発言に、私は目を見開く。


「てゅーえ、いちどたたかったあいてのまりょくはわすれないんだー」

「君と私は初対面のはずだけど」

「ちがうね。てんしどくとくのまりょくだよ。くふふ、さんかいせんそーのとき? そーなるとしたっぱじゃないねー」


 テューエの雰囲気が変わった。

 正体がバレてしまったかと思った時、サツキが口を開く。


「貴方、カレンとはお知り合いかなにかで」

「んー、そーかもしれないしそーじゃないかもしれなーい」

「いや、どっちですか……カレン、この方はいったい」


 雲行きが怪しくなってきた時、店員さんが料理を運んできた。


「テュアちゃん、いつものセットだけど……そちらのお客さんとなにかあった?」

「なんでもなーい。おなかすいたー」

「あはは、今日はもう巫女さんのバイト終わり?」

「おわりー。ごはんたべたらおひるねしておふろはいっておまつりいくー」


 テューエは私から離れると、隣の席に座る。

 そして、注文したチキンサンドとオレンジジュースを食べ始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る