第20話『氷の樹海(ヤバーい雰囲気)』

 凍結事件を解決するために、私たちはサコレット森林に向かっていた。

 商業都市からサコレット森林までは馬車で行くと3日も掛かってしまうので、私たちは航空サービスを使っている。

 航空サービスとは、冒険者協会が飼育しているワイバーンに目的地まで送り届けてもらえる送迎サービスで、D級冒険者に与えられる特典である。

 値段は目的地までの距離によって異なっており、私たちが目指しているサコレット森林までは銀貨4枚である。


「景色がすごーい!!」


 ワイバーンに取り付けられた鋼鉄の籠から身を乗り出しながら、アメルが上空からの景色を楽しんでいる。

 懐かしいこの景色。空を飛ぶという行為は天界では当たり前だったが、人間界に来てからは地面を歩いてばかりで私自身が熾天使であることを忘れそうなくらい。たまには熾天使化しておかないと身体が鈍ってしまいそうである。


「アメル、風で揺れたりしますので身を乗り出すと危ないですよ」

「運転手のおじさんに言われたとおりきちんと命綱を付けてるし、いざという時はカレンとサツキちゃんが助けてくれるよね?」


 鋼鉄の籠に結ばれた命綱を引っ張りながら、アメルが笑いかけてくる。


「信頼していただけるのは嬉しいですが、この高さから落ちてしまえば肉片になって魔物の餌になりますよ。命綱だって絶対に切れないわけではありません。そうなりたくなかったら、窓からの景色で我慢することです」

「ええー」


 私とサツキに注意され、アメルが頬を膨らませてくる。


 アメルが落ちたとしても熾天使化すれば空を飛んで助けることはできるが、2人に私の正体が知られてしまう。

 私の正体が熾天使だと分かったら、2人はどんな反応をするのだろうか。今みたいに明るく接してくれるだろうか。


「お嬢さん方、そろそろ準備しておけよ。サコレット森林が見えてきたぞ」


 商業都市を出て数時間が経過した時、運転手からの呼びかけで私たちの飛行旅に終止符が打たれる。


「なんだか寒くなったような」


 到着間近になったとき、アメルが寒さを訴えてきた。

 そういえば、運転手に準備を促されてから急激に気温が下がったような気がする。


「寒さの理由を知りたかったら、窓から覗いてみるといい」


 運転手に言われてアメルが窓を開けたとき、私たちの視界に悲惨な光景が飛び込んできた。


「「「……」」」


 そこは氷の樹海だった。

 森林全体が凍り付き生物の気配は無く、そこだけ時間が止まったようである。


「酷い有様だろう。薬草の宝庫が氷の山。薬草は枯れ、生物は死に絶え、見るに堪えない状況だぜ」


 沈黙の中、運転手が口を開く。


「なにがどうなって……」

「森林から少し離れた村に住んでいる目撃者の証言だと、満天の星空の中いきなり空が黒く染まり巨大な隕石が落ちてきたらしい。

森林の真ん中には隕石の衝突によりできたクソでかいクレーター。そのクレーターを中心にして森林全体を包み込む氷。炎魔導士が溶かそうとしたが溶ける気配はなく今や放置状態。それどころか氷の除去に携わった炎魔導士全員が体調不良を訴える始末」


 炎魔法でも溶けることのない氷。

 そんな氷を操る者に心当たりはあるが――ここは人間界だ。

 彼女は無関係であると信じたい。


「カレン、サツキちゃん、森林を凍らせたのは大型魔物じゃないよね。もしそうだったら被害がこれだけで済むわけがないもん」

「アメルも違和感に気づきましたか。凍結の原因が大型魔物だったら商業都市にも被害が出たり目撃証言が相次ぐはずです」


 違和感を覚えたアメルとサツキが意見を出し合っていると、鋼鉄の籠が激しく揺れた。

 只事ではないと思った私は窓から飛び出すと、素早くワイバーンの背中に駆け上り手綱を握っている運転手に話しかけた。


「どうしたの!?」

「嬢ちゃんたちには悪いが、森林近くの草原に不時着させてもらう。サコレット森林に近づいた瞬間、ワイバーンが突然怯えだして進行方向を変えたんだ」

「……」


 尋常ではない怯え方。

 瞳は見開かれ焦点も失い、黒曜石の如き眼球が血走っている。


「く、くそ……制御が効かねえ……!! 今までこんなことなかったのに……!! 俺はともかく籠がまずい……!! 籠が落とされてしまう……!!」


 運転手の声が聞こえたのか、鋼鉄の籠の中にいるアメルが反応する。


「なになに!? 落ちるとか聞こえてきたんだけど!?」

「いきなりワイバーンの様子がおかしくなって籠が落とされそうだから2人とも脱出の準備よろしく!!」  

「なるほど、先程の揺れはそういうことですか。アメルは私に任せてください」

「サツキちゃん……? ふえっ? ふええっ? ふええええええええええええええっ!?」


 鋼鉄の籠を鉄剣で切り裂くと、悲鳴を上げるアメルを抱えながら森林へと飛び込んでいくサツキ。慣れた様子で、氷を足場にすることで衝撃を緩和している。


「君は助けなくて本当に大丈夫なんだね?」

「ああ、俺はこの道30年の竜乗りだ。心配はいらねえ」

「頼もしいね。じゃあ、私も行くから。それと、助けは呼ばなくていいよ。私たちだけでなんとかする」

「……わかった」


 私は軽くウインクすると、先陣を切ったサツキに続いて森林に飛び込んでいくのだった。

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