第7話:名前のない関係

翌朝。教室。

悟が席につくと、七瀬はすでに机に突っ伏していた。

どうやら寝不足らしい。


「七瀬、寝てんのか?」


「んー……なんか、昨日寝れなくて」


悟はスマホをポケットにしまいながら、内心で思う。


(もしかして、俺とのチャットのせい……?)


昨夜、“好きだよ”って言われた言葉が、まだ心の中で繰り返されていた。

本気なのか、冗談なのか、それすら聞けない自分がもどかしい。


その日の放課後。

“あかね”からチャットが届く。


あかね:<「ねえ、悟くんは、どうして本名教えてくれないの?」>


少し、刺さる言葉だった。

正体を隠していることに、罪悪感がないわけじゃない。


悟:<「怖いんだ。もし名前出して、嫌われたら……って思ってる。」>


あかね:<「私は逆に、名前を知れたらもっと安心すると思うな」>


悟:<「そう思えるの、強いと思う」>


スマホを持つ手が震えていた。

“藤本悟”――その5文字を、入力欄に打っては、消す。


何度も繰り返して、ため息。


(このまま名前も出せずに、何を求めてんだ俺……)


そのとき、ふと通知音。

“あかね”からの、新しいメッセージ。


あかね:<「じゃあさ、もし今度、学校で“藤本悟”に話しかけたら、どうする?」>


息が止まりそうになる。

それは、宣戦布告か、確認か、それとも――。


悟:<「そしたら、多分めっちゃ動揺すると思う。けど…本当は、ちょっと期待してるかも。」>


あかね:<「ふふ、素直じゃん笑」>


彼女が誰なのか――悟にはもう、わかってる。

でも彼女は、まだ確信してない“フリ”をしてる。

それとも、気づいていて、泳がせているのか。


(もうすぐ、答えが出る気がする)


悟はベッドの上で、スマホの画面を見つめながら、

もう一度だけ“藤本悟”と打ち込んで――また、消した。

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