第3話「逃げようとした罰」

ユイが風呂の準備をしに別の部屋へ行ったのは、夕方のことだった。

鎖の長さは限られていたけれど、ベッドの下の板が一部外れることに気づいたのは偶然だった。


その下に、古びた木の床板が少しだけずれていた。

何かの拍子で緩んだのか、ひとつだけ持ち上げられる状態になっていた。


逃げられるかもしれない。


その可能性に賭けた。


金属の枷が当たって皮膚は赤く腫れていたけど、力任せに引っ張ってみる。

痛みなんか、どうでもよかった。

自由の可能性が目の前にあれば、人間は理性なんかすぐに手放せる。


鎖を外すことはできなかった。

でも、板を少し外せば、その隙間に何かを通せるかもしれない。


小さな木片。釘。古い何かの鍵。

……何か役立つものが、この床下にあるかもしれない。

希望だけを頼りに手を伸ばした、その時だった。


「――なにしてるの?」


背筋が凍った。


ユイが、部屋の入り口に立っていた。


タオルを抱えたまま、じっと僕を見下ろしていた。

表情は、無表情だった。笑ってもいない。怒ってもいない。

まるで、感情を削ぎ落とした人形のような顔だった。


「ハルくん……逃げようとしたの?」


「ち、違う。いや、これは……ただ、その……」


口がうまく動かない。

言い訳の言葉が喉で引っかかる。


ユイはゆっくりと部屋に入ってきた。

そして、僕の手から木片を静かに取り上げた。


「ユイ、信じてたんだよ?

きみは、ユイのこと好きなんだって。

“ずっと一緒にいようね”って言ったじゃん。

それって……嘘だったの?」


僕は何も言えなかった。


ユイは数秒、じっと僕の顔を見つめていた。

そして、にこっと笑った。

その笑顔が、これまでで一番怖かった。


「ううん、大丈夫。

ユイ、許してあげる。

でもね――罰は必要だよね?」


その言葉のあと、彼女は小さな引き出しから裁縫用のハサミを取り出した。

そして、僕の足に近づいてきた。


「だって、痛みがないと、忘れちゃうでしょ?

きみが、もう逃げちゃダメなんだってこと。」

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