カニはズワイガニ派?タラバガニ派?

猫電話

前編 犯人はお前だ!ろ……

 カニカニカニカニカニ


「……」


 札幌県警えもり岬方面管区所属の刑事課部長である重茂おもい古見こみ44歳は、三ケ月振りの休日に、楽しみにしていたとっておきの可児鋏カニハサミ酒造の日本酒を開けて、良い感じに熱燗に温まった所に、部下で若手の九浮くうき依馬内よまない29歳からの着信音を聞きいて、苦虫を噛みしめる。


 熱燗もさることながら、実家から送られてきたタラバガニの殻を半分に切り割り、目の前の七輪で焼いて、その匂いが部屋中に充満しつつある中では、重茂でなくても苦虫を噛みしめるだろう。


 重茂は熱燗を温めてるコンロの火を消すと、焼けるタラバガニを見下ろしながら舌打ちをしつつ、カニカニカニと煩く着信音を鳴らすスマートフォンを手に取った。


「あ、重茂さん! 大変です! 殺人事件です!」


「……わかったすぐ行く」


 目から光を失った表情で、重茂は電話を切ってポケットに放り込むと、七輪の上のカニを一つ取って、口の中にその身を放り込む。


「ぬるい……」


 仕方なく他のカニは皿に移してラップをかけ、七輪には水をかけて炭火を消す。

 壁に刺さっている出っ張った釘に、無造作にかけていた上着を取ると、肩にかける。

 そして鈍重とした動きで、草臥れた革靴に足を通して誰も居ない家に「行って来る」と言って部屋を出た。





自家用車で現場に向かう途中に、九浮を拾うと状況を話すように不機嫌に促す。


「重茂さん、えらく不機嫌ですけどなにかありました?」


 空気の読めない九浮は、キョトンとした顔で不機嫌そうな重茂に軽口をたたく。


「いいから、現場の状況を話せ」

「わかりました!」


 やはり空気の読めない九浮は、明るく返事をすると通報の入った情報を語る。


「事件は市内中心部にある、カニの創作料理が有名な店「地圏弦場じけんげんば」です。」


 九浮は自分のメモ帳をめくりながら話す。


「被害者は、三名の連れと共にお店を訪れた、地元の有力者比賀ひが居斜いしゃ88歳男性です。」


 重茂は無言で続きを促す。

 九浮はさらにページをめくって報告を続ける。


「事件の発生時刻はいまから1時間程前で、現場に駆け付けた近所の交番勤務の巡査、只野ただの茂部もぶが確認し詳細の報告を上げてます。」


 乾燥しているのか、九浮は指を舐めて湿らせてからページをめくる。


「凶器は不明、死因は出血死です。どうやら首をハサミのようなもので切りつけられての、動脈を損傷のようです」


「ハサミ?」


 重茂が九浮の報告に対して初めて口を開いて聞きなおす。


「はい、首の左右両方に同じような切り傷があり、丁度巨大なハサミで挟んだような傷だったそうです……重茂さん? 何か気になる処でも?」


 重茂は少し無言で考えるが、すぐに九浮に続けるように言う。


「わかりました、それでは続けます。 偶然にも一緒に訪れた三名は、事件の瞬間席を外していて犯行を目撃していないと証言しています。 また現場には争ったような形跡は無く、連れの三名が席を外したのも、トイレや追加注文などのほんの数分のだった事から、顔見知りによる犯行だと思われます。 第一発見者は被害者の連れの女性です。 なお、店員は二名で被害者との面識はありません。」


「それ以外になにかあるか?」


 一通り話し終えると、九浮はメモ帳を閉じたので、最後に重茂は見落としは無いか念押しで聞いた。


「それ以外ですか……、ああそうです! お店に他に客が一名居たそうで、そちらも現場にまだ残ってもらってます」


「わかった」


 その後は無言で車を走らせ、やがて現場に到着した。


 現場で侵入禁止のテープを張って、その場で見張っていた制服姿の警官が、テープを持ち上げて二人を中にいれる。


「さて現場はここか?」


 重茂が中に入ると、被害者の首から噴き出したであろう血痕が、座敷を染め上げていた。

 遺体は既に鑑識の調査を終えて運び出されており、被害者が倒れていた場所には白いテープで印をつけているだけだった。


「はい、重茂さん。 犯人はまだこのお店に間違い無く居ると、お店の店員が証言しています。」


「それは?」


 重茂は九浮に振り返って聞き返す。


「このお店は、改装中で裏の扉が出入りできないそうです。 対して表の出入り口は被害者が入店後、無人になった瞬間は無かったそうで、別の誰かが出入りしたりはしてないとの事です。」


 それを聞いて重茂は、座敷から顔を出して入り口を見る。

 このお店の構造は、入り口に面して調理場があるようだ。


「それじゃ関係者を全員集めてくれ」


「はい、今すぐ!」


 そういって九浮は店の奥に走っていって、待たせていた関係者を全員現場のとなりの座敷に集めた。


「それじゃ一人ずつ名前と年齢、職業を言ってくれ」


 重茂は、そうして集まったメンバーに自己紹介をさせる。


「私は関係ないんですけどね……たまたま居合わせただけの客でかに太郎たろう23歳、蟹をやってます」


 沈黙が流れる……

 重茂が顔を上げると、メモばかりに気を取られてたんだなって思い知らされた。

 そこには巨大なハサミを両手に持った蟹が居た。


「犯人おまえだろ!!!!!!!!」


「え? ええ??」


 犯人と言われた蟹太郎は、困惑してあたふたと頭部から出た二つの目を揺らす。


「人間じゃねぇぇのかよぉぉぉ!!!!」


「え? ええ??」


 蟹太郎は左右を見てから、自分を鋏で指し示して驚いている。


「おまえだよおまえ!!!! 他に誰がいるんだよぉぉぉ!!!」

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