時計仕掛けの心臓と壊れた世界

ひお

第1話:異世界と時計仕掛けの心臓

カチ、コチ、カチ、コチ……。


規則正しい秒針の音が、静かな工房に響き渡る。僕は、天道クロノ。時計技師だ。古びた真鍮製の懐中時計を手に、細いピンセットで慎重に部品を調整していた。


この時計は、先日、馴染みの骨董商から持ち込まれたものだ。製造年不明、作者不明。しかし、その精巧な作りと、どこか神秘的な雰囲気は、僕の心を強く惹きつけた。


文字盤には、見慣れない記号が刻まれている。まるで、古代の魔法陣のようだ。僕は、その記号を指でなぞりながら、深いため息をついた。


「一体、誰が何のために、こんな時計を作ったんだろう……」


その時、突然、視界が歪んだ。まるで、水の中に沈んでいくような感覚。秒針の音が、遠くで反響しているように聞こえる。


「え……?」


僕は、必死に手を伸ばしたが、何も掴めない。意識が、急速に薄れていく。


次に目を開けた時、僕は、見知らぬ場所に立っていた。


空には、巨大な歯車が回っている。街には、蒸気を噴き上げるパイプが張り巡らされ、人々は、どこか古めかしい服装をしている。レンガ造りの建物には、歯車やゼンマイを模した装飾が施され、独特の雰囲気を醸し出している。


「ここは……どこだ?」


僕は、自分の胸に手を当てた。そこには、硬い感触があった。服を脱いでみると、なんと、僕の心臓があるべき場所に、時計が埋め込まれていたのだ。


カチ、コチ、カチ、コチ……。


それは、先ほどまで僕が修理していた、あの懐中時計と、全く同じ音を立てていた。文字盤のデザインも、刻印も、すべてが一致している。違うのは、これが僕の胸に埋め込まれているということだけだ。


「どういうことだ……?」


混乱する僕に、背後から声がかかった。


「おーい、大丈夫か? 急に倒れたから、びっくりしたぞ」


振り返ると、そこに立っていたのは、ゴーグルを頭に乗せ、作業着を着た少女だった。赤毛のショートカットで、そばかすが目立つ。年齢は、僕と同じくらいだろうか。


「あ、ああ……。大丈夫だ。ありがとう」


僕は、とりあえず礼を言った。少女は、僕の胸の時計を見て、目を丸くした。


「なんだ、それ? 心臓が時計になってるのか? すごいな!」


「いや、すごいって……。自分でも、何が何だか……」


「ふーん。まあ、いいや。それより、あんた、この街の人じゃないだろ? どこから来たんだ?」


少女は、興味津々といった様子で、僕に質問を投げかけてきた。僕は、自分が異世界に転生してしまったこと、そして、時計技師であることを説明した。


「異世界? 時計技師? よくわかんないけど、面白いやつだな! あたしはアリス。機械技師だ。よろしくな、クロノ!」


アリスは、そう言って、僕に手を差し出した。僕は、その手を握り返した。彼女の手は、油と金属の匂いがした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る