第二十話 再定義の対話

 再定義の予感は、やがて行動となった。


 鈴木は、まず美苑を呼んだ。

 誰にも告げず、清浄区の最奥にある小さな対話室。

 そこは、かつて信仰がまだ制度ではなかった頃、鈴木が最初の信徒と語り合った原点の場所だった。


「美苑、君に聞いてほしいことがある」


 美苑は無言で頷いた。


「俺たちの理想は、君を神とすることで完成した。でも、それは同時に、君を縛ってきたんじゃないかと……最近思うようになった」


「……私も、そう思うようになってきたわ」


 その一言に、鈴木の胸が強く打たれた。

 神は、自らの神性を手放そうとしていた。


「夢の中で排泄する私……あれは、ただの夢じゃなかったの。私自身が“自分を許す”ための無意識だったのかもしれない。……それに、怖かったのよ。いつまで完璧な器でいられるのか」


「完璧じゃなくていいんだ。……俺は、ようやくそれを言えるようになった」


 二人は、長い沈黙の中で呼吸をそろえた。


 そして翌日。

 鈴木はもう一人の“原点”に会いに行く。

 綾子だった。


 再会は、思いのほか穏やかだった。

 小さな喫茶店のテーブル。

 鈴木は深く頭を下げた。


「……あのとき、君の言葉を拒んでごめん」


 綾子は少し笑って答えた。

「いいのよ。あれはあれで、あなたらしかった。でも、ようやく……戻ってこれたのね」


「……いや、戻ったわけじゃない。前に進みたいと思ってる。嘘のない、美しさを信じて」


 綾子は、コーヒーカップを持ったまま目を伏せた。


「美しいって、何かしらね」


「俺にはまだ分からない。でも、うんこをする君が、それでも可愛いと思えたら……それが俺にとっての真理かもしれない」


 綾子は静かに笑った。

 その笑みは、初めて鈴木が彼女に恋をした頃とまったく同じだった。


 教団は、変わらなければならなかった。

 完全無垢の否定ではなく、矛盾を抱えたまま歩む信仰。

 それが、これからの“再定義”の核になると鈴木は確信していた。


 そしてその夜。

 鈴木は初めて、壇上に立たず、同じ目線で信徒たちに語りかけた。


「もし、あなたが痕跡を抱えたまま生きているのなら、それを恥じる必要はありません。私も、あなたも、誰もが“器”でありながら、“人間”です」


 教団の沈黙は、ゆっくりとほどけていった。


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