第三話 神の鼻孔

 鼻くそたこ焼きの一件を経て、鈴木はひとつの結論に至った。

「Aコースの料理は、見た目こそ奇抜でも“旨すぎる”のだ」

 たしかに、鼻くそのようなビジュアルではあったが、味は正統派。匂いも香ばしく、屋台の本格たこ焼きそのものだった。だから綾子が平然と食べたのも当然かもしれない。


 それでは、真の試練にはならない。

 鈴木は決意した。もっと攻めるべきだ。綾子が“鼻くそ”という概念をどう捉えているのか、その臨界点を探るには、もっと過激な料理が必要だ。


 鈴木は幹事であり、この店の関係者でもある。多少のわがままは通る。

「すみません、Cコースに変更できますか?」


 店員は鈴木を見てにやりと笑った。

「鈴木さんなら大丈夫です。ただ、Aコースのたこ焼きは単品扱いで加算されますけど、いいですか?」

「問題ないです」


 注文変更を聞いた加藤が声を荒げた。

「おい、なんで勝手に変更してんだよ!俺らはいつもAコースって決まってるだろ!」


 柳瀬が苦笑しながらフォローする。

「まあ、たまにはいいじゃん。飽きてたしさ、あの鼻くそ感にも」


「私は構わないわよ」と綾子。

「たこ焼き美味しかったし、他の料理も楽しみだわ」


 綾子のひと言で空気がやわらぎ、Cコースが正式に採用された。


 だが、Cコースは未知数だ。

 過去には、黒くてねばついた正体不明の塊が出てきたこともある。まるで本物の鼻くそのような……いや、それ以上に生理的嫌悪を誘う何か。鈴木は、綾子がそれにどう反応するのかを想像し、無意識に股間が膨らんでいた。


 ほどなくして店主が現れた。

「おお、大輔!今日は攻めるな〜。Cコースか、よし、最高の鼻くそ出してやる!」


 大輔——それは鈴木のファーストネームである。店主とは親戚同士で、鈴木は子どもの頃からこの店に出入りしていた。厨房で遊んだり、鼻くそメニューの試作品を味見させてもらったりと、まさに“家のような店”だった。

 常連である鈴木の注文に応えるように、店主は上機嫌で店の奥へと消えていった。


 やがて第一弾が届く。

「これが本日の鼻くそCコースです!」


 皿の上には、黒く乾いた小麦粉の球体がいくつも乗っていた。見た目は完全に鼻くそだった。しかもリアルな。


 普通の感性の持ち主なら、この時点で席を立ってもおかしくない。加藤も柳瀬も多少引き気味だった。


 しかし、綾子は違った。

「これも……美味しそうね。何かしら?」


 店主が大声で応える。

「鼻くそだよバカヤローッ!」


 鈴木はそのやりとりを聞いて、心のどこかで安堵していた。綾子が“鼻くそ”という言葉に反応しない。これは、彼女が鼻くその味を知らない、すなわち過去に食べたことがない証拠ではないか。


 柳瀬が早速一個を頬張る。「しょっぱいけど……案外イケるな」


 綾子も続いた。「なんか塩辛くて美味しいわ」


 鈴木は見た。綾子がその“鼻くそ”を口に入れるその瞬間を。


 そして、新たな疑問が浮かんできた。

「綾子に……鼻の穴、あるのか?」


 美の象徴である彼女に、そんな“穴”が本当にあるのか。あっていいのか?

 鈴木は抑えきれぬ衝動に駆られた。そっとテーブルに頬をつけ、綾子の隣から顔を覗き込む。


「……なにしてるの?変な人」


 冷静なトーンで放たれた綾子の一言が、鈴木を現実に引き戻す。


 彼は誤魔化した。「あ、そうだ。綾子のお酒、まだ頼んでなかったね」


「ビールでいいわ」


 無事にその場は流れ、綾子のグラスが届いたところで再び乾杯。宴は徐々に学生時代の思い出話から、仕事の愚痴へと移り変わっていった。


 鈴木にはどうでもよかった。彼の関心は、ただひとつ——綾子が食べた鼻くそ料理が、彼女の体の中でどうなるのか、ということだった。


 口に入り、咀嚼され、胃に送られ、消化される。

 そこまでは理解できる。

 だが、その先は?

 ……それが、うんこになるのか?


 いや、ありえない。綾子は“排泄しない女神”なのだ。


 悶々とした思考の最中、綾子が立ち上がった。

「ちょっとお手洗い、行ってくるね」


 その一言が、鈴木の脳内に雷鳴のように響いた。


 トイレ? 綾子が? なぜ? なにを? まさか、そんな——!


 彼の思考は、暴走を始めていた。


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