肛門のない女神
うなな
第一話 妄想する肛門
鈴木は思った。女の子って、なんて美しいんだろう。
もちろん、そんなの誰でも言う。顔が可愛いとか、スタイルがいいとか、笑顔が眩しいとか。でも、鈴木はちょっと違った。いや、かなり違っていた。
彼にとっての美しさとは、もっと“神聖”な何かだった。
「おっぱいが綺麗だ」? 「くびれが素晴らしい」? それは単なる装飾にすぎない。本質ではない。
鈴木にとって、女の子は女神だった。神である以上、そこには不浄があってはならない。
だから鈴木は信じていた。本当に可愛い女の子は、うんこなんかしない。いや、してはいけないのだ。
「うんこをしないなら、肛門もないはずだ。」
それが、鈴木の中にある理想の構造だった。
この考えを友人に話せばきっと笑われるだろう。変態だの、気持ち悪いだの、きっとさんざんなことを言われるに違いない。
でも、鈴木にとってそれは真剣な問題だった。妄想とか願望とか、そんな曖昧な言葉では片付けられない、信仰にも近い“美”の追求だった。
彼には、気になる子がいた。綾子。お淑やかで、どこか夢の中の人のようで。誰もが憧れる存在であり、鈴木にとっては、完全無欠の“排泄しない系女子”に他ならなかった。
綾子の歩き方ひとつとっても、無駄がなく、軽やかで、どこか浮世離れしていた。彼女が廊下を歩くだけで、その空間だけ時間の流れが変わるような錯覚を覚える。
そんな彼女が、もしトイレに行っていたとしたら――。
鈴木は夜ごとベッドに寝転び、綾子のことを妄想した。
ただし、それは現実の綾子ではなかった。
彼の脳内でしか存在しない、空想上の“綾子”。
理性が止めても、妄想は暴走していく。
でも、妄想の中身はちょっと変わっていた。
セックスではない。手を握ることでもない。キスでもない。
それは――綾子がトイレに駆け込む姿だった。
「えっ、どうして……!?」
鈴木の中で矛盾が走る。うんこをしないはずの綾子が、苦悶の表情で便意に耐えている。トイレの扉が閉まる音。水を流す音。すべてが脳内で再生される。
もちろん、これは現実ではない。すべて彼の想像の産物だ。彼女は神聖なる存在、排泄などという行為をするはずがない。けれどその“してはいけない”ことが行われるからこそ、妄想は輝きを放つ。
しかも、その音がリアルなのだ。便座に腰掛ける音。呼吸の乱れ。張り詰めた沈黙の中に響く、わずかな水音。そのすべてが、鈴木の頭の中で神々しいシンフォニーのように響き渡る。
そして鈴木は感じるのだ。この矛盾こそが美しい、と。
女神が“破綻”する瞬間。ありえないはずの“うんこ”が、幻想の中で垣間見える。
それは鈴木にとって、一種のカタルシスだった。
「じゃあ、足の匂いは……?」
鈴木の思考は次のフェーズへ。
通気性の悪いロングブーツ。長時間の歩行。湿度100%。その内部には、果たしてどんな香りが――。
「これが、聖なるブーツの香り……!」
妄想は加速する。現実には存在しない“臭くないはずの臭い匂い”を、鈴木はひたすら追い求める。
彼にとって、それは決して猥褻な興味ではなかった。
美への探求だった。禁忌の美、矛盾の美、そして崩壊の美。
結局、その夜もベッドの上で事を済ませ、賢者モードのまま思い出した。
――明日、綾子に会うんだった。
「やばい、顔合わせられるかな……。」
排便する綾子を想像してしまったあとで、どうやってまともに話せばいいんだ?
いや、これは想像だ。ただの妄想なのだ。現実ではない。きっと綾子は、肛門のない女神なのだから。
自分にそう言い聞かせながら、鈴木は目を閉じた。明日、綾子の声が聞ける。姿が見られる。
それだけで今日は、いい夢が見られそうだった。
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