第15話 黒箱の鎖
目の前に立つ、神代カナタ。
その全身から放たれる、尋常じゃないプレッシャー。
空気が、重い。息が、詰まる。
「……フン。面白いオモチャを見つけた」
カナタが冷たく呟いた瞬間、そのプレッシャーが、物理的な『重さ』に変わった!
「ぐ……っ!?」
「きゃあっ!」
俺とカレンの体が、見えない力で地面に押し付けられる。
足元の床が、ミシミシと音を立ててひび割れていく。
なんだこれ……重力が、何倍にもなってる!?
『警告! 局所重力場を確認! 推定倍率、約3倍! スキル《ブラック・ドミナンス》と断定!』
フギンが脳内で叫ぶ。ブラック・ドミナンス……! カナタの固有スキルか!
メキメキ……バキッ!
床の亀裂が広がり、俺がさっき拾ったばかりの生命の雫石が、亀裂の間に滑り落ちそうになる!
「しまっ……!」
手を伸ばそうとするが、重力で体が思うように動かない!
「無駄だ」
カナタが、冷笑を浮かべて言い放つ。
「生命の雫石は、次世代エネルギーの鍵となる可能性を秘めた、貴重な国家資源だ。貴様のような出来損ないが、触れていいものではない」
余裕綽々の態度。完全に、俺たちを弄んでいる。
クソッ……!
『マスター、現状での生存確率を再計算……18%。死亡確率、82%です』
フギンの無慈悲な宣告。マジかよ、ほぼ詰みじゃねぇか……。
『しかも、上空から庁のドローンが急速接近中! 到達まで、あと11分47秒! 急がないとヤバいよ!』
ムニンの焦った声。国家権力まで来ちゃうのかよ!
雫石は奪われる。
無許可ダイブもバレて、最悪逮捕。
俺の人生、ここで終わり……?
……ふざけるな。
誰が、諦めるかよ。
ユイが、待ってるんだ。
俺が、あの子を守らなくて、誰が守るんだ!
「……石も、自由も……!」
俺は、重力に抗いながら、顔を上げる。
カナタの冷たい目を、真っ直ぐに見据えて叫んだ。
「どっちも、テメェなんかに奪わせてたまるか……!」
「俺は……全部守り抜いて、ここから逃げ切る!!」
──
「……意地だけは、一人前、ね」
不意に、隣で押し潰されそうになっていたカレンが、小さく呟いた。
そして、あの赤いアンプル――高性能回復ポーションを、素早く取り出した。
「え、カレン、おま――」
有無を言わさず、カレンはポーションの蓋を開け、俺の口元に無理やり押し付けてきた!
ゴクン、と喉が鳴り、濃厚な、少し薬臭い液体が流れ込んでくる。
「……ぷはっ! 何すんだよ!」
「いいから、飲んで! あなたが倒れたら、元も子もないでしょ!」
カレンは、強い口調で言う。
「それに……これは、貸しじゃないわ。あなたが、私の分まで戦ってくれたお礼よ!」
『マスターの行動は、カレンさんの精神的負債感を一部解消したと推測されます』
フギンが、さらっと分析する。
……そうか。俺は、無意識のうちに、カレンの『借り』を返していたのかもしれない。
こいつは、そういう律儀な奴なんだ。
ポーションの効果は絶大だった。
瀕死だったHPと枯渇していたMPが、急速に回復していくのが分かる。
HP: 12/150 → 72/180 (最大値も上がってる!)
MP: 0/80 → 30/80
力が、戻ってくる……!
それだけじゃなかった。
ポーションの回復エネルギーに呼応するように、《無限進化》スキルが新たな反応を示した。
ピコン。
《SYSTEM: 緊急状況下における生存率向上のため、環境適応スキル《応力吸収β》を一時的に付与します》
《効果:受ける物理的圧力・衝撃を10%軽減。筋力パラメータを一時的に1段階上昇》
《注意:このスキルは高負荷により破損する可能性があります》
脳内ログに、新たなスキル情報が表示される。
応力吸収……重力ダメージを軽減して、筋力もアップ!?
マジか! 《無限進化》、応用効きすぎだろ!
体が、少しだけ軽くなった気がする。
筋力にも、力がみなぎってくる。
これなら……!
──
「……小賢しい真似を」
カナタが、忌々しげに舌打ちする。
そして、腰の黒剣――おそらく『黒箱』から得た特殊な武器だろう――を抜き放った。
「逃がさん」
カナタが剣を振るうと、俺たちの足元目掛けて、黒い斬撃のようなものが飛んできた!
いや、ただの斬撃じゃない。重力の刃だ!
ドゴォォン!!
床が抉れ、破片が飛び散る。
俺とカレンは、衝撃で体勢を崩しそうになる。
「くそっ……!」
このままじゃ、まともに動けない!
何か……何か、カナタの動きを封じる手は……!
そうだ! あれを使おう!
俺は、さっき虹彩個体からドロップした『虹粘膜』を、ポケットから取り出した。
プルプルとした、虹色のゼリーだ。
「くらえ!」
俺は、虹粘膜をカナタの足元に向かって投げつけた!
粘膜は、床に叩きつけられて弾け、広範囲に虹色のヌルヌルとした液体を撒き散らす。
「……!?」
カナタが、ヌルついた床に足を取られ、一瞬だけ踏ん張りが効かなくなった。
低摩擦トラップ、成功!
「カレン、今だ!」
「ええ! 《ライトニング・フィラメント》!!」
カレンが、残るわずかなMPを振り絞り、針のように細い電撃を放つ!
その狙いは、カナタが展開している重力場そのもの!
バチッ!
電撃の針は、カナタの重力スキルが生み出す歪んだ空間――重力球のようなもの――に突き刺さり、そのエネルギーをわずかに分散させた!
重力が、ほんの一瞬だけ、弱まる!
「もらったァ!!」
俺は、その一瞬の隙を見逃さなかった。
胸の傷口から滲む血と、溢れ出す虹色のオーラを、再びサバイバルナイフに纏わせる。
さっきよりも、強く、濃く!
《彩識刃》!!
渾身の力で振り抜いた虹色の刃は、カナタが展開していた重力球を、切り裂いた!
パリン、とガラスが割れるような音と共に、重力場が消失する。
同時に、切り裂かれた重力球の破片が、光を乱反射させ、カナタの視界を眩ませた! 目くらまし成功!
「ぐっ……!」
カナタが、顔をしかめて後退する。
その頬に、浅い切り傷ができているのが見えた。
やった! あのカナタに、一矢報いたぞ!
──
『チャンスです、マスター! 今のうちに離脱を!』
フギンの声。そうだ、戦ってる場合じゃない!
『ムニン、逃走ルートは!?』
『こっちだよ! この壁の奥に、昔使われてたメンテ用の通路がある! コードネーム、E-Lambda! その先に、旧式の搬送リフトがあるはず!』
ムニンが、マップ上に新たな光るラインを表示させる。
『このルートでの逃走成功確率……62%! さっきより格段に上がったよ!』
62%! いける!
「カレン、行くぞ!」
俺は、生命の雫石を胸ポケットにしっかりとしまい込み、カレンの手を強く握った。
そして、ムニンが示した壁に向かって、全力で走り出した。
──
壁の一部は、巧妙に隠された扉になっていた。
フギンの指示通りに操作すると、重々しい音を立てて開く。
中は、埃っぽい、狭い通路が続いていた。
「こっちだ!」
通路を駆け抜け、突き当たりにあったのは、古びた鉄製の扉。
その向こうに、旧式の搬送リフトがあった。
人が数人乗れるくらいの、小さなカゴだ。
「これか!」
リフトの操作パネルは、かなり旧式で、起動には8桁のパスコードが必要らしい。
クソッ、こんな時に……!
『パスコード解析を開始。並列処理にて、総当たり……3秒で完了します』
フギン、有能すぎるだろ!
ピッ、ピッ、ピッ……ピロリン♪
フギンが脳内で導き出したコードを入力すると、リフトがガコン、と音を立てて動き出した。
ゆっくりと、上昇していく。
やった! 逃げ切れる!
そう思った瞬間。
ガギン!!!
背後から、金属を突き破るような轟音!
振り返ると、カナタが黒剣をリフトの壁に突き刺し、強引にこじ開けようとしていた!
マジかよ、追いつかれた!?
「逃がすと、思うか?」
カナタの目が、怒りに燃えている。
カナタの黒剣に、禍々しい黒色の重力エネルギーが渦を巻いて収束していく。
ヤバい、何かデカいの来るぞ!
──
リフトは、ゆっくりと上昇を続ける。
だが、カナタの追撃は止まらない。
「……う……」
隣で、カレンがふらつき、俺の肩に寄りかかってきた。
MP切れと疲労で、もう限界なんだろう。俺が支えなければ。
その時!
ズドォォォォン!!!
リフトの天井が、轟音と共に破砕された!
カナタが放った、強力な重力斬撃だ!
破片が降り注ぎ、俺はカレンを庇うように覆いかぶさる。
「ぐっ……!」
背中に、強烈な衝撃! HPがごっそり削られる!
ピシッ……。
脳内で、何かが砕けるような音がした。
『警告! 《応力吸収β》、耐久限界に到達。スキル効果、消失します!』
マジかよ! ここでスキル破損!?
耐性ボーナスも、筋力アップも消えた!
再び、重力の影響が強まる!
まずい、まずい、まずい!
このままじゃ、追いつかれる! 殺される!
リフトは、ようやく浅層の天井付近――ゲートのある高さまで到達した。
外の光が見える! あと少し……!
その瞬間。
カッ!!!
強烈なサーチライトの光が、リフト内を照らした。
同時に、拡声器を通した、冷たい声が響き渡る。
「――探索者科所属、八雲イズナ! 及び、水無月カレン! ダンジョン法違反の容疑で、貴様らを拘束する! 即時、降伏せよ!」
リフトの出口には、武装した庁の制圧部隊と、無数の飛行ドローンが待ち構えていた。
完全に、包囲されている……!
敵はカナタ。後ろには国家権力。
俺、絶体絶命じゃねぇか……!
ピコン。
その、最悪のタイミングで、新たなカウントダウン表示が現れた。
〈 WARNING: フギン&ムニン統合シーケンス開始まで 残り 11:58:10 〉
……は?
統合……? なんだそれ?
フギンとムニンが、一つになるってことか?
そしたら、どうなるんだ……?
敵、国家権力、そして、謎のカウントダウン。
俺の運命は、一体どうなっちまうんだ!?
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