第4話
オルフェンが馬車から降りるのを手助けし、両親が大切そうに肩を抱いたその少女に、ルフェリアは見覚えがあった。
くるくると巻いた眩いほどの金髪に、澄んだ青い瞳。
活発そうな表情。
「シアーシャ……?」
間違いない。十歳でルフェリアが両親に引き取られるまで、孤児院で共に暮らしていたシアーシャだ。
明るく活発で、孤児たちの中で一番美しい彼女は、院長のお気に入りだった。
(だけど――)
彼女はルフェリアに気づくと、愛らしい笑みを浮かべて小首をかしげる。
「ルフェリア、久しぶりね。会えて嬉しいわ」
駆け寄ってきて両手を握るシアーシャに、ルフェリアはぎこちなく応じた。
「シアーシャ……、お久しぶり。元気そうでよかった」
「いやだ、そんな名前。今のわたしはシュエリーナよ」
柳眉を僅かにひそめると、シアーシャ――いや、シュエリーナは、ルフェリアの隣にいるユリクスに視線をやった。
「あなたがユリクスね。初めまして、シュエリーナ姉さまよ」
「……初めまして」
シュエリーナが握手のため差し出した手から逃れるように、ユリクスはルフェリアの後ろに隠れてしまう。
普段から人見知りな子ではあるが、礼儀にもとるような真似はしたことがないののに、一体どうしたのだろう。
心配するルフェリアとは反対に、シュエリーナは特に気に留めた様子もなく、手を引っ込めた。
「まあ、ユリクスは照れ屋さんなのね。いいわ、これから少しずつ仲良くなっていきましょう」
そして、少し不満そうに話を続ける。
「まさか家族が迎えにきてくれるなんて思っていなかったから、本当に嬉しかったわ! でもお父さまもお母さまも、初めから院長が勧めてくれたわたしを選んでくれれば六年も待たずにすんだのに」
その言葉に、ルフェリアの胸がズキンと痛んだ。
確かに六年前、両親は院長の勧めを無視してルフェリアを選んだ。本当の娘であるシュエリーナが傍にいたのに、ルフェリアのせいで、彼女は早くに家族を得る機会を喪ってしまったのだ。
申し訳なく、そしていたたまれない気持ちになり、ルフェリアはただうつむくことしかできない。
「本当にすまないことをしたね、シュシュ。これからどんなことをしても、償っていくから」
「寂しい思いをさせた分、これからあなたのお願いはなんでも叶えてあげるわ」
心底申し訳なさそうに謝罪する両親を見て、シュエリーナは困ったように眉を下げた。
「ごめんなさい、家族ができただけで十分幸せなのに、わがままを言って……。でもわたし、ルフェリアが羨ましくて。ルフェリアには、この家で家族と共に過ごした思い出があるんですもの。本当なら、わたしが手に入れるはずだった幸せな思い出が……」
まるで責められているようだ、と感じるのはルフェリアの心が貧しいせいだろうか。
シュエリーナが言葉を発するたび、ちくちくと針で刺されているような居心地の悪さを感じてしまう。
だが、しおらしいルフェリアの言葉と表情に、両親もオルフェンもすっかり心を打たれてしまったようだ。
「思い出なんて、これから一緒に作っていけばいいさ」
「オルフェンの言うとおりよ。たくさん楽しい思い出を作っていきましょう。ルフェリアも、シュエリーナには優しくしてあげてね」
「……はい、お母さま」
ルフェリアが頷き終えるか終えないかの内に、父が言葉をかぶせてくる。
「早速、今夜はシュシュの好きな食事を作らせよう。何がいい? 鶏肉の香草焼きかな? それとも、ローストした牛肉かな?」
「ありがとう、お父さま! それじゃわたし、牛頬肉のシチューが食べたいわ」
「もちろん。料理長に、腕によりをかけて作るよう伝えておこう」
両親とオルフェン、そしてシュエリーナが笑い合いながら屋敷の中へ向かう。その姿はまるで、初めからずっと家族だったかのように自然だった。
しばらくその様子を見つめていたルフェリアだったが、小さく腕を引かれたことではっと我に返る。
気づけば心配そうな顔で、ユリクスがこちらを見つめていた。
「ルフェリア姉さま……?」
「あ、ごめんなさいユリクス。わたしたちも中へ戻りましょうね」
弟にそんな顔をさせてしまった申し訳なさから、ルフェリアは無理に微笑んでみせ、彼の手を引いて屋敷の中へ戻ったのだった。
ルフェリアの運命がおかしくなり始めたのは、この日からだ。
§
初めにおかしいと思ったのは、身の回りの物がぽつぽつと消え始めた時だった。
最初は気に入りのガラスペンや化粧道具、次にネックレスや指輪などの装身具。父から貰った異国のオルゴールに、細工式の置き時計……。
なくすはずがない。
ルフェリアは使い終えたものは必ず元の場所に戻すし、そもそもオルゴールや置き時計なんて部屋の外に持ち出すはずもないのだから。
だが、どんなに探してもそれらが部屋の中から出てくることはなかった。
もしかすると、掃除の最中に下女が盗んだのだろうか。
そう思う根拠もあった。
掃除担当の下女、アイラのことだ。彼女は働き者の真面目な娘だが、先日、ルフェリアの部屋から出てきた際にポケットから指輪を落としたのだ。
それはルフェリアが母から貰った、サファイアの指輪だった。
アイラには病気の家族がいると聞いている。
もしかして家族のために手っ取り早く金を得ようと、魔が差して高価な品を盗んだ可能性もあるかもしれない。
そう思ったルフェリアは、その時は「二度とやらないように」と注意して、指輪を宝石箱に戻しておいた。アイラも、その時は反省していたように見えたのだが――。
(もし、アイラがまた同じことをしたのだとすれば……)
ルフェリアは誰にも聞かれぬようアイラを自身の部屋に呼び出して、密かに問いただしてみることにした。
犯人でなければいい。けれどもしアイラが犯人であるなら、彼女の家族のためにできる限りの支援をするつもりだった。
「誤解だったらごめんなさい。だけど、もし心当たりがあれば、正直に言ってほしいの――」
だが、ルフェリアが問いかけるなり、アイラは大声で叫びはじめた。
「あたしを疑うって言うんですか!? ひどい! これまで精一杯お嬢さまにお仕えしてきたのに……! どうしてこんな仕打ちを……!」
あまりの大声に、すぐさま家族が部屋まで駆けつけてくる。
真っ先に顔を出したのは、シュエリーナだった。
「どうしたの、ルフェリアお姉さま! 何か大きな声が聞こえたけれど……」
シュエリーナはこのところ、ルフェリアのことをそう呼ぶようになっていた。
同じ年だし、ルフェリアは気にしないと言ったのだが、先に引き取られた相手に敬意を表してそう呼ぶことにしたらしい。
礼を重んじるシュエリーナの態度に、両親もオルフェンも甚く感動していた。
やってきたシュエリーナを見て、アイラは涙ぐみながら一目散に彼女のほうへ駆け寄っていった。
「シュエリーナお嬢さまぁ! ひどいんです、ルフェリアお嬢さまったら、あたしが泥棒だって……」
「落ち着いてちょうだい、アイラ。可哀想に、こんなに泣いて……」
遅れて、騒ぎを聞きつけた両親とオルフェン、そしてユリクスもやってくる。
立ち尽くすルフェリア、そして下女を慰めるシュエリーナという構図に、彼らは怪訝そうな顔をした。
「この騒ぎは何事だね」
「一体どうしたというの?」
両親の問いかけに、シュエリーナが簡潔に事情を説明する。
「ルフェリアお姉さまが、アイラが盗みを働いたと――。そうよね、お姉さま?」
「いえ、まだそうと決まったわけでは……」
こっそり事を収めようと思っていたのに、なんだか大げさなことになってきたようだ。
困り果てたルフェリアは、隠し立てしてもこじれるだけだと思い、正直に事情を説明することにした。
このところ身の回りで高価な品がなくなっていたこと。
自分の勘違いかと思い、部屋中を探したけれど見つからなかったこと。
以前自身の部屋からアイラが指輪を持ち出したこともあり、真っ先に彼女を疑ったこと。
事情を聞き終えたシュエリーナは、気の毒そうに眉をひそめると、再びアイラに視線をやる。
「アイラ、本当に盗んでいないの?」
「もちろんです! 神に誓って、盗んでなんていません! それに――ルフェリアお嬢さまは、あたしが前にサファイアの指輪を盗んだとおっしゃいますが、それも嘘です。お嬢さまはきっと、夢で見たことを現実だと勘違いしてるんだわ!」
「そんな……!」
何を言い出すのかと、ルフェリアは驚愕する。
あれは夢などではない。確かに現実だ。
けれど、ここにそれを証明できる人間はひとりもいない。
唖然として立ち尽くしていると、シュエリーナが「そうだわ」と名案を思いついたように両手を叩く。
「皆でお姉さまのお部屋を探してみましょうよ! もしかしたら、探し漏れがあるかも」
「ありえないわ。お部屋の隅々まで探したもの……」
「念のためよ。そうでもしないと、アイラも納得しないでしょうし」
「そうね、シュシュの言うとおりだわ。――使用人たちを呼んで、皆に探させましょう」
そうしてすぐさま、手の空いている下女たちが呼ばれた。
浴室や鏡台の裏、棚の上に寝台の下――。ありとあらゆる場所が調べられ、やがてひとりの下女が声を上げる。
「ございました! クローゼットの奥の箱に、すべてしまい込まれておりました!」
そんなはずはない。
そこは何度も調べたはずだ。
きっと何かの間違いだと言おうとした。けれど口を開くより早く、シュエリーナに話しかけられる。
「よかったわね、お姉さま。だけど……アイラにはきちんと、疑ってごめんなさいって謝らないと」
「そんな……」
「どうしたの? いくらお姉さまがこの家の娘で相手が下女だからって、無実の罪を着せたら謝らないといけないわ。それとも……たかが下女なんかに謝る必要はないと思ってる?」
「違うわ! でも……!」
ルフェリアはそこではたと周囲の視線に気づいた。
既に両親やオルフェンは、若干冷めた目でルフェリアを見ている。アイラの同僚である下女たちもだ。
「ルフェリア、アイラに謝りなさい。お前は優しい子のはずだろう」
「そうだよ、ルフェリア。罪のない下女に疑いをかけるなんて……一体どうしたんだ?」
これ以上何かを言ったところで、状況が変わることはないように思えた。
「……ごめんなさい、アイラ。わたしの勘違いだったわ」
ドレスの裾を握りしめ、ルフェリアはアイラに向かって静かに頭を下げた。
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