第7話『魔法仕掛けの帰り道』

塔の鐘が、静かに響いた。


「チーン……チーン……」


まるで、長い夢の終わりを告げるように。

翔兜は、そっと目を閉じた。胸の奥が、じんわりと温かい。

もう、“忘れたまま”ではいられない。自分の中にある記憶も、寂しさも、ちゃんと受け入れて――。


「ミナ、帰ろっか」


「……うんっ」


ミナの笑顔は、ひだまりみたいにまぶしかった。


ふたりは、雲の橋を渡り、“記憶の島”からふわりと浮かぶドーナツ雲へと足を踏み出す。


風は甘く、ミルクティーの香りが漂っていた。

まるで世界全体が「おかえり」と言ってくれているようだった。


「ねえ翔兜、さっきの時計塔……ほんとに、翔兜くん自身だったの?」


「うん。たぶん……昔の“僕”だったと思う」


「ふーん、じゃあ次に会うときは、ちゃんと紹介してよ。“ミナだよ”って!」


くすりと笑って翔兜を見るミナ。その横顔が、少しだけ大人びて見えた。


ふたりが手をつなぎ、ふわふわの雲道を歩いていると、突然――


「どーーーーんっ!!」


空がはじけたような音と共に、ドーナツの雲がぐらりと揺れた!


「きゃあっ! な、なにこれっ!?」


「なんか、落ちてくるっ!!」


上空から、ぽとり、ぽとりと降ってきたのは……

――巨大なマカロン、カスタードまんじゅう、メープルシロップの雨!


「お菓子の……嵐っ!? なにこの現象!?」


あたり一面、カラフルなスイーツがぶつかり合い、どんどん積み重なってゆく。まるで空そのものが、お菓子の祭り状態!


「翔兜、ミルクティーの川が逆流してきてるっ!逃げよっ!」


「え、ちょ、ミナ!? そっちはチョコの沼だって――ああもう!」


ふたりはあわてて雲を飛び越え、ドーナツのわっかを使ってトランポリンのように跳ねてゆく。


「よいしょっ、よいしょっ……翔兜、ミルクティーの船が来たよっ!」


そこへ現れたのは――

ふわふわクリームボートに乗った、フィーユとチョコウサギ!


「乗って、今しかないよっ!」

「逃げ遅れるとプリンの津波がくるぞー!」


翔兜とミナは飛び乗った。

船は甘い波をかきわけながら進んでいく。


「これって、まさか……記憶の島の影響?」


「うん、多分ね。翔兜の心が揺れたから、この島のお菓子のバランスも崩れたんだよ。甘い感情って、案外デリケートなんだから」


フィーユがミルクティーをすくって差し出す。


「はい、少し落ち着いて。ミナちゃんも、どうぞ」


ミナはホッとしたようにマグカップを受け取り、ミルクティーを一口。


「……ん~、おいし……」


翔兜も口をつけて、ふぅとひと息。

甘さとぬくもりが、じんわりと体にしみわたる。


空はやがて静かになり、波もおだやかになった。


気づけば、目の前には――

小さな屋根の、お菓子の家が見えていた。


「ただいま」


「おかえり」


ミナが笑って、翔兜も照れくさそうに笑った。



---


こうして、ふたりは“記憶の冒険”から戻ってきた。

でも、お菓子の家での日々は、まだまだ始まったばかり。


それぞれの心に、あたたかな“甘さ”が残っていた。



---


次回、第8話『いちごタルトは恋の味?』

――ミナのつくる“特別なタルト”に込めた思い。そして、翔兜の心に芽生える、ちいさな気持ちの変化とは――?

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