十一節 たったそれだけ
ここ数日、林道は盞の元を訪れなかった。
「暫くの間、百日さんをよろしくお願いします」
そんなメモを一つ残し、林道は盞の元は勿論――百日の元へも訪れていなかった。
そんな中、林道は君谷から受け取った地図を見ながら、身支度をしていた。
そう、星見村へ行くための準備である。
この街を一度離れ、近くを下見をしに行こうとしているのだ。
ルートの目星はついているが、確証を得たかった。
(しかし――)
林道は数日前の君谷、そして盞のことを思い返す。
(君谷さんは、あれだけ話して無事でいられるのか? まあ、それは……盞さんも、か)
蛇の目とはつくづく厄介なものだ、と軽く笑った。
過去を呪うように、自らを嘲笑うように。
「朔さんの、傍に……居たから……」
過去の傷を引っ掻くように、盞のことを思い出す。
レンズ越しに林道は『視た』のだ。
――盞の記憶を。
自分に嫉妬心を向けていることは知っていた。わかっていた。
だからこそ、もしも――もしも、海堂が守った百日の秘密、つまりは蛇の目の情報を与えていたら……と、警戒をしていた。
そんな警戒も必要ないほど、盞春花という人物が抱えていたものは重たかった。
「しかも、それを百日さんに気づかれているのだから……は、笑ってしまう」
大人になりきれなかった、寂しい人間――それは盞のことではない。
「――僕のほうが、ずっと、嗤える……」
一人、たったそれだけを呟いて家を出た。
(さて、動きの早い松笠から逃げなければ)
下見を兼ねた逃亡計画。
その前に君谷の無事を確認しようと、あの小さな本屋へと向かった。
――たったそれだけ。
しかし、店はしまっていた。
臨時休業、の張り紙一つを残して。
たった、それだけだった。
しかし、『それだけ』というのが異質だった。
「――林道さん?」
「……! 君谷、さん……」
不意に声をかけられた。
その声は、店の中から語りかけてくる。
「そっか、行くんですね。じゃあ――春花に、あと三日は家にいろ、ってついでに伝えてくれますか?」
「ええ、構いません……けれど……貴方は、どうするのですか」
林道も、君谷ですら知っている、やり過ごせるわけがない、と。
「打てる手は全部打ったんで、まあ……。三日後、きっと春花が答え合わせをしてくれますよ」
「……そう、ですか……」
(ああ――まただ)
また自分は、見送る側なのだ。
それも、誰にも言うことができない状況で。
「……せめて、無事を祈ります。さようなら、君谷さん」
「はは、林道さんだって分かっているでしょうに――さようなら」
君谷との静かな別れ、答え合わせの日など――来なければどれだけ良いものか。
(すぐ深入りしてしまう――だめだな、僕は)
蛇の目の血筋を嫌っていても、結局は拒絶しきれていない。
それどころか、百日の世話、盞のサポートまでしてしまっている自分に、嫌気が差す。
(でも――彼らは知らなかった。自分が、蛇の目だ、って)
それどころか、蛇の目すら知らないのだ。
(そんな彼らを、突き放せないのは……僕の弱さだ)
身に沁みるほどの自身の弱さと共に、盞の元を訪ねた。
「玲さん久しぶり! 急に来なくなったから、心配してたんだよー」
「……お久しぶりです」
このやりづらさは、初対面時を思い出す。
「そんで、どしたの?」
「君谷さんからの伝言と、僕からのお願いの二つ……伝えに来たんです」
その言葉に盞は首を傾げる。
しかし、林道の重い表情を見て――大まかに察してはいた。
「まず……君谷さんから『あと三日は家にいろ』とのことです」
「三日かぁ、地味に長いな……これじゃあ、ゲームに課金したくても行けないや」
「そして僕から――」
林道は改まって盞と目を合わせると、頭を下げた。
「――百日さんを、よろしくお願いします」
「え、ちょ、玲さん?」
「僕は……行かねばならない場所ができました。元は僕が託されたことですが――今は、僕よりも盞さんの方が安全なんです」
「安全、って……?」
「百日さんのこと……そして、盞さんも。貴方がたはまだ……まだ、大丈夫なので」
「ちょ、玲さん? 話が見えないんだけど……」
「……松笠の狙いは、僕なんです」
覚悟を決めた林道の声。
これ程真剣な林道を初めて見た盞は――これ以上の追求が出来なかった。
「……うん! 分かった。じゃあ、これでお別れ……なのかな?」
「はい、ご迷惑をおかけしますが――よろしくお願いします」
精一杯の微笑みで、君谷の言葉の真意を隠しながら、林道は告げる。
「――さようなら」
その言葉に、盞は寂しさを隠し、ふっと笑った。
「『さようなら』は、無しだぜ。玲さん……こういうときはね、またねって言うんだよ」
盞は続ける。
それは、祈りのような言葉で。
「例え、この先に何が待っていようと――『またね』なんだ。だって、その方が――」
そう、その方がきっと。
「良い夢が見られるから、さ」
たった、それだけ。
そう、ただそれだけなのだ。
空っぽの希望。
けれど、それが誰かの心を軽くすることもあるのだ。
「……ふっ、そうですね。では盞さん――お会いしましょう」
「うん、またね。玲さん!」
一人、夜空を見ていた。
盞春花という人間は、決して強い人間ではない。
本来、明るい人間でもない。
盞は一人思い出す。
「影ちゃんと一緒に家出した時も……こんな星空だった気がする」
思い出に浸る。
それは、林道が隠そうとした『真意』に気づいていたからだ。
「……なんで、俺のこと頼ってくんないんだろ」
違う、きっと――そうではない。
「――俺のせい、なんだろうな。影ちゃんも、玲さんも……みんな」
みんな、何処かへと行ってしまう。
その一言だけは、口にしなかった。
まだ、未来を信じたかったから。
まだ、可能性を信じたかったから。
「……春も確か、大三角があるんだっけ」
以前、漫画のネタ集めに星のことを勉強したことがあった。
「……ふっ、はは……ぜんっぜん、わっかんないなぁ……」
一人、夜空を見ていた。
盞春花は、一人――空を見ていたのだ。
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