『き、貴様ごときに私が…!』 孤高を気取る女騎士、庶民メシの旨さに毎秒陥落中。 ~今日の敗因は生姜焼き定食(大盛り)。ああ、白米が止まらない…!~

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1: [生姜焼き定食] 敗北の序曲、大盛りと共に

任務帰りだった。

体は鉛のように重く、意識も朦朧としている。

三日間の徹夜での偵察任務。さすがに堪えた。


(早く駐屯地に戻り、休息を取らねば…)


そう思うのに、足が前に進まない。

それ以上に、腹が…空いていた。

限界まで空腹だった。


ぐぅぅぅ…。


静かな夕暮れの路地に、情けない音が響く。

私としたことが…!


顔が熱くなるのを感じながら、俯き加減に歩を進める。

その時だった。


(む…?)


鼻腔をくすぐる、未知の香り。

香ばしく、そしてどこか甘い匂い。

肉が焼けるような…いや、もっと複雑で、食欲を直接刺激するような…。


(なんだ…この、抗いがたい香りは…)


ふらふらと、匂いの元へと引き寄せられる。

古びた、しかし人の出入りが多いらしい小さな店構え。

『めし処 やまぶき亭』と書かれた暖簾が揺れている。


ここか…この庶民的な店が、あの香りの発生源だというのか。


(いかん、いかんぞ私! エルザ! 『鋼』とまで呼ばれたこの私が、こんな道端の店の匂いに釣られるなど…!)


踵を返し、立ち去ろうとする。

しかし、再び腹が、ぐぅぅ、と主張した。

そして、店の中から追い打ちをかけるように、あの香りが一層強く漂ってきた。


(くっ…! だが、しかし…空腹は騎士にとっても大敵だ。そうだ、栄養補補給は必要不可欠。それに、民の生活を知るのも…そう、民情視察だ! 決して、この匂いに負けたわけではない!)


完璧な言い訳を思いついた、と自分に言い聞かせ、私は意を決して暖簾をくぐった。


店内は、想像通り騒々しかった。

油の匂い、人の話し声、食器のぶつかる音。

お世辞にも上品とは言えないが、妙な活気に満ちている。


カウンター席の隅に、そっと腰を下ろす。

周囲の視線が痛い…気がする。

いや、誰も私など見ていないのだろうが。


壁に貼られた木の札に書かれた品書きを見る。

『焼き魚定食』『唐揚げ定食』『とんかつ定食』…。

どれもこれも、聞いたことのない、粗野な響きの名前ばかりだ。


(やはり、来るのではなかったか…)


後悔しかけた時、隣の席の男が食べているものから、あの香りがした。

茶色い肉が、何かの液体で炒められている。

それと、山盛りの白い粒。


あれか…!


店主に声をかける。

少し緊張で声が上ずるのを抑えながら。


「…あ、あの『生姜焼き定食』というものを、一つ」


「あいよ! 生姜焼きね! ご飯、大盛りにしとくかい? 姉ちゃん、腹減ってそうだ!」


なっ…! だ、大盛りだと!?

私がそんな、はしたない量を…!


しかし、私の返答を待たず、店主は厨房へと引っ込んでしまった。

もう、どうにでもなれ…。


待つことしばし。

目の前に、それが置かれた。


『生姜焼き定食(大盛り)』。


湯気をもうもうと立てる、山盛りの白米。

陽の光を受けてつややかに輝く、茶色い豚肉。

香ばしいタレの匂いと、爽やかな生姜の香りが、私の理性を直接揺さぶってくる。

付け合わせの緑の野菜と、シンプルな汁物。


(こ、これが…生姜焼き定食…!)


ごくり、と喉が鳴る。

見た目は…悪くない。むしろ、非常に…食欲をそそる。


(だ、だが、騙されんぞ! 所詮は庶民の料理。味などたかが知れているはずだ!)


震える手で、箸を取る。

騎士としての矜持を保たねば。

そう、一口だけだ。味見をしてやるだけだ。


一片の肉を、意を決して口へ運ぶ。


(んむっ…!)


噛んだ瞬間。


**くっっっ!!!???**


な、なんだこれは!?

舌の上で、豚肉の旨味が爆発する!

甘辛いタレが、絶妙なバランスで肉に絡みつき、後から追いかけてくる生姜の爽やかな風味が、さらに食欲を掻き立てる!


脳が、痺れるような衝撃を受けた。

今までの私の食の常識が、ガラガラと音を立てて崩れていく。


(う、旨い…! なんだこれは、旨すぎるぞ…!!)


二口目。

今度は、白米と共に。


(んんんっっっ!!!)


米だ! この白い悪魔、米が…!

タレの染みた肉の旨味を、ふっくらと炊き上げられた白米が、優しく、しかし完璧に受け止めている!

米の甘みと肉の旨味、タレの香ばしさが口の中で渾然一体となり、至福の味を生み出している!


もう、ダメだった。

理性は完全に吹き飛び、私は本能の赴くままに箸を動かした。


はふっ、はふっ…!

肉、米、肉、米、時々、汁物。

熱さも忘れて、ただひたすらに、貪るように食べた。


孤高の女騎士? 『鋼』のエルザ?

そんなものは、もうどこにもいなかった。

ただ、目の前の圧倒的な「美味」に、心を奪われた一人の女がいるだけだった。


あっという間に、皿の上は空になった。

米粒一つ残さず、綺麗に平らげてしまった。


はぁ…。


満たされた…。

そう思ったのも束の間。


(…まだだ)


胃袋が、まだ満たされていないと訴えている。

特に、あの肉の旨味を受け止めてくれた、白米。

あれがまだ、足りない、と。


気づけば、私は立ち上がり、カウンターの中の店主に向かって、か細い声で呟いていた。


「…す、すまない…」


「ん? なんだい姉ちゃん?」


「…お、おかわり…(白米を)…頼む…」


「あいよっ! 威勢がいいねぇ!」


店主は快活に笑い、すぐにまた山盛りの白米を出してくれた。


(…はっ!?)


その白米の山を見て、私はようやく我に返った。


(私はいま、何を…? おかわり…だと…? この私が…庶民の、しかも安価な米などを…おかわりしたというのか…!?)


顔から火が出るように熱い。

全身の血が逆流するような、強烈な羞恥心。


しかし、目の前には、ほかほかの白米がある。

そして、皿にはまだ、あの絶品の生姜焼きのタレが残っている。


(くぅぅぅ…!)


葛藤は、一瞬だった。

私は再び箸を取り、残ったタレを白米に絡め、夢中でかき込んだ。


…そして、二度目の完食。


空になった食器を前に、私はしばし呆然としていた。

腹は、はちきれんばかりに満たされている。

体には、力がみなぎってくるのを感じる。

そして何より、舌に残る、あの衝撃的な味の記憶。


(美味…しかった…)


生まれて初めて経験するような、満腹感と幸福感。

だが、それと同時に、胸を締め付けるような、強烈な罪悪感と自己嫌悪が襲ってきた。


(私は…私は『鋼』のエルザだぞ…! 騎士としての誇りはどうした! 規律は! 矜持は! こんな…こんな庶民のメシごときに、心を、胃袋を奪われるなど…!)


あってはならないことだ。

断じて。


しかし、私の体は正直だった。

満たされた胃袋は、心地よい満足感を訴え続けている。


(これが…庶民メシ…)


その恐ろしさと、抗いがたい魅力を、私はこの日、初めて、骨の髄まで思い知ったのだった。


会計を済ませ、逃げるように店を出る。

夕闇の中、私は一人、混乱した頭で駐屯地への道を急いだ。

今日の敗因は、間違いなく、あの『生姜焼き定食(大盛り)』だ。

そして、あの白い悪魔…白米だ。


(…明日の鍛錬は…三倍にしよう…いや、五倍だ…!)


そう固く誓うエルザの頬が、夕日に照らされて、ほんのりと赤く染まっていたのは、きっと気のせいではない。

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