DIVE: 『深淵廻廊ミゼリアビス』

あらまきさん

深淵へ至る、最初の一歩

 

 待ち望んでいたゲームが届いた。

 決して多くないお小遣いを貯めに貯め、お年玉までつぎ込んだゲーム。


 まあ、びっくりするくらい流行っていないけれど。


 その名も『深淵廻廊ミゼリアビス』。

 陰鬱で、狂気じみていて、何より古臭い……けれど、彼の胸は高鳴っていた。


 ジャンルはこのご時世に合わせたVRシステムを流用したマルチプレイ対応『3DダンジョンRPG』である。


 VRやマルチプレイと言っても基本は良くあるダンジョンRPG。

 地下に潜ってレベルをあげて、ビルドを組んで武具を揃えてというハックアンドスラッシュ。


 故に、流行らなかった。


 そう、VR全盛期となった今、アドベンチャーやアクションゲームが大流行。

 そんなご時世に、おまけ程度でもアクション要素があるとはいえRPGを、しかもジャンルの中で昔のビデオゲーム全盛期の時代でさえ流行に乗れなかった『ダンジョンRPG』なんてジャンルを作ろうなんて正直会社は狂っているとしか言えない。

 ぶっちゃけコケる事が発売する前から見えていた。


 じゃあどうして彼はそんなゲームにわざわざ大金はたいて買ったのかと言えば……である。


 彼はファンタジーが好きだった。

 冒険が好きだった。

 ドキドキが、ワクワクが好きだった。


 小説だって『四つの寮が出る学園』の方のファンタジーよりも『指輪を巡る冒険』の方が好きだった。

 異世界転生と言えば彼にとっては『果てしない』方の話であった。


 一緒にやってくれる友達もおらず、やった事もないというのにファンタジーTRPGのルルブを買って妄想し、近所の図書館にてリプレイ本を取り寄せて貰いヘビロテした。


 そんな古典的なファンタジーが、新しいアニメやゲームに上書きされ忘れられそうな古臭いファンタジーが、スライムが雑魚キャラではなく強敵である様なお堅いファンタジーが大好きだった。


 彼が好きなのはファンタジーだけではない。

 彼にはもう一つ、好きな物があった。


 彼の部屋の戸棚のガラス向こうを見れば、誰でも一目瞭然だろう。

 フィギュアと呼ぶにはあまりにも小さなそれら、所謂『ミニチュア』と呼ばれる玩具がジャンル問わず無差別にずらっと立ち並んでいた。


 そう、彼はミニチュア愛好家。

 人気のあるロボットプラモでも、美少女フィギュアでもない。彼が愛しているのは、よりニッチな『ミニチュア』だ。

 しかも、ただ買って飾るだけの完成品ではなく、組み立てが必要な無塗装のキットを自分の手で塗り上げる――そんなストイックな楽しみ方を『至高』と信じて疑わない、かなりの重度オタクであった。


 このVR全盛期で、しかも日本に馴染みの薄いミニチュア趣味を持つ高校生は、きっとそう多くない。

 少なくとも、学校で同じ趣味の人を見た事ない。

 ゲーム好きもいるしプラモ好きもいる。

 別にコアな趣味を馬鹿にされるような環境でもない。


 だけど、同士はいなかった。

 

 それでも、彼はその流行になった事さえないコアな趣味が生きがいであった。

 ……満足に楽しめているかと言えばそうでもないが。


 なにせミニチュア塗装の趣味という物は、これがまた恐ろしく金がかかる。

 彼の戸棚の中に統一性がないのもそれが理由であった。


 基本的に、彼は金がない。

 高校生としてどころか中学生と比べても貧乏である。


 故に全てが貧乏ゆえの工夫で成り立っていた。


 例えば、スーパーで並ぶ安い食玩。

 ああいう物をリペイントする。


 塗料はミニチュア専用の海外塗料……はほとんど使わず、プラモ用国内塗料の安い物を利用。

 筆はホームセンターに売っている少しだけ良い物を使い、後の道具は大体百均。


 昔は……行きつけのホビーショップに行けば色々と助けて貰えた。

 貧乏である事も知られていたから良い塗料を安い場所代で貸してもらえたり、材料費プラスアルファで3Dプリンターを使わせてくれたりとした。

 買えもしないのにミニチュアの軍勢を無料で貸して貰い、大会に出た事は今でも昨日の様に思い出せる。

 まあ、初戦敗退だったけれど。

 そんなホビーショップも色々あって行きづらくなってしまい、五年以上はもう通っていない。


 そんな訳で彼は貧乏で満足に買う事も出来ないけれど、それでも割と重度のミニチュア愛好家であった。




 ミニチュアが好きなこと。

 これは、この状況を説明するに必須と言えるほど重要な要素だった。


『深淵廻廊ミゼリアビス』。

 それはミニチュアを自分の分身として設定し、ダンジョンを探索するという、非常にクセの強いダンジョンRPGだからだ。


 「全くもって、どうかしてるゲームを作ったもんだよな」

 彼は苦笑しながら、そう呟く。


 ただでさえプレイヤー人口が風前の灯であるダンジョンRPG界隈に、国内でもニッチすぎるミニチュアを組み合わせる?

 ……そんなゲーム、売れるわけがない。

 先見性も市場もゼロ、普通の企業なら企画書の段階でゴミ箱ダンク間違いなしだ。


 ――でも、そんなが、彼にはとんでもなく刺さっていた。


 貧乏な彼が、ほぼ全財産をつぎ込んでVRハードとセットで購入してしまう程度には。


 彼の名前は、周防見崎すおうみさき

 ミニチュアというマニアックな趣味と、ちょっと重度のファンタジーオタクと、それと財布の軽さを除けばなんら特徴のない、ごく一般的な高校生である。




 ミゼリア――正式名称『深淵廻廊ミゼリアビス』は、VR×ミニチュア×クラシック3DダンジョンRPGという、非常にニッチな方向性を打ち出して世に登場した。


 一応、稼働からすでに一年が経過している。

 とはいえ、長いオープンベータ期間を経て、一度全データがリセットされたらしく、先行組と後発組の差はそれほどないらしい。

 ただ、それも彼にとってはどうでもいい話だった。


 周防がこのゲームを手にした理由は、『勝ちたいから』でも『有名になりたいから』でもない。

 ただ、純粋にこのゲームが楽しそうだったからだ。


 ネットワークが終了してオフゲー化したとしても、彼にとっては大した違いではない。

 むしろ『ユーザーが少ない=サービス終了の危機がある』と最初からわかっていたからこそ、『オフラインでも遊べるかどうか』をチェックしてから買ったくらいだ。 


 このゲーム最大の特徴は、リアルのミニチュアをスキャンし、自分の『アバター』として使えるという点にある。

 サイズさえ規定に合えば、どんなミニチュアでも読み込める。

 さらに、ペイントの精度がそのままゲーム内のパラメーターボーナスとして反映される。


 ――ペイントの出来でステータスが変わるゲームなんて、どうかしてる。

 本気でそう思う。

 だけど、それがたまらなく嬉しかった。


 どこまでもコア、どこまでも人を選ぶ。

 そんな尖りまくったゲーム性に、周防は「この時代に生きてて本当に良かった」と心から感謝していた。




 ミニチュアをVRゲームに活かすシステムは、おそらくこれが初だろう。

 少なくとも、国内のゲームでそんな発想は見たことがなかった。


 とはいえ、似たような『実物を使うゲーム』は世の中に数多く存在する。

 例えば、自作プラモデルを読み込んで戦わせるVRバトルロボットゲームは全世界的に大ヒット中だ。


 また、対戦格闘ゲームでは専用フィギュアを使ってキャラクターを解放する『物理課金』システムも今や主流となっている。


 もっと言えば、全くジャンルの違うゲームですら、起動の際には『人形』のような媒体が要求される。


 なぜ、そんなものが必要になるのか?


 ――それは、VRゲームの根幹に関わる話であり。

 そして、多くの人が一度は耳にしたことがある『あの現象』にも関係してくる。


『フルダイブ大虐殺事件』


 実際に新聞で見た人もいるだろうし、そうでなくとも誰もが古典ラノベやアニメなんかでこの手の類の話を一度は聞いた事があると思う。

 もう何年も昔の話なのに未だに語り継がれ、同時にあまりにも突飛な話過ぎて、そんな事件本当は起きておらず、VR規制の為の政府の嘘だったなんて『陰謀論』さえ蔓延っている。


 何があったのかと言えば、フルダイブVRに接続した人が何故かログアウト出来なくなり――それどころか、その状態で死亡すれば現実でも脳に多大なショックを受け、した。

 所謂『デスゲーム状態』である。


 本来、これは絶対起こりえない。

 昔からフィクションの世界で言われ続けた話であり、VRダイブシステムの命題の一つ。

 だから多くの科学者が熟考に熟考を重ね、何度も検証し、その様な状態には絶対ならない様徹底的な安全管理を行ったというのに……馬鹿がやらかした。


 どうしてそんな事が出来て、何故そんな事をしたのか今でも誰もわからない。

 だが、そいつは人気ゲームをハッキングしデスゲームにしやがったというのは明確な事実である。


 リエンジニアリングから解析してリアルタイムでプログラム変更。

 そうして能力だけは天才であった馬鹿がフィクションを現実の物とし、数千人の人間を好奇心という名の我欲だけで殺した。


 事件そのものは、あっさりと解決した。

 電脳世界では天才であっても現実世界ではそうでもなかったからだ。

 だがその事件が社会に残した傷跡はあまりにも大きく、各国首脳会談が行われ、その結果『フルダイブ禁止条約』が世界中で制定される事となった。


 ある意味においては前代未聞で前人未到の話だろう。

 世界各国が動き、世界のルールそのものが『たった一人』の為に変更されたなんてのは。

 それほどまでに、その事件が与えた影響は大きな物だった。


 そして規制されたフルダイブの代わりに用意されたのが、今の『ハーフダイブシステム』搭載VRである。

 簡単に言えば、フルダイブとの間に『媒体』を挟む。

 だから、半分のハーフダイブ。


 仕組みで言えば緩衝材。

 わかりやすい言葉を使うのなら身代わり、もしくはスケープゴート。


 もしも今後、天才以外には想像さえ出来ない様な方法でネットワーク側からの介入があったとしよう。

 その場合でも全てのダメージは『媒体』が引き受け、そして媒体が壊れた時には強制的にネットワークが遮断される。


 これによってようやく、真の『VRゲーム安全神話』が確立されるに至った。


 ミゼリアにおけるミニチュアこそが、その『媒体』というわけだ。

 ちなみにだが、各ゲームごとに『ダイレクトフィードバック』の設定が行われている。

 わかりやすく言えば『ゲーム内で生じた負傷を媒体に擬似再現する』という設定だ。

 基本無駄な物であり、特殊なゲームを除いてオフになっているのだが、ミゼリアは馬鹿な事にオン設定となっている。


 つまり、ゲーム内でダメージを受けたらミニチュアが負傷状態となり、派手に怪我したら故障するという事である。

 ほとんど『ハードコアモード』と言っても良い。


 何でそんな馬鹿な設定にしたのかわからない。

 まあ、そのミニチュアの修復さえも周防には楽しみな要素だが。


 周防はそっと、棚の奥からミニチュアを一つ取り出した。


 それはミゼリアと何の関係もないテーブルボードゲーム用のミニチュアである。

 ただ、ミゼリアとの世界観に非常に近しい物があった。


『不死身の傭兵団長ヴァンウィード』

 ごっつく派手なフルプレートメイルに身を包み巨大な手斧を持った中年の男。

 日本のファンタジーで考えたらとても主役とは思えない悪役チックな容姿だが、これでもれっきとした主役級キャラクターである。


 設定で言えば、特定の国家に属しておらず、人間国家の間を行き来する。

 魔族や天使等他種族間戦争の激戦地に現われては自分達を高値で売り、死地の中暴れまわっては帰って有り金を酒や何やらに使い果たし、そしてまたその日暮らしの為戦場へと赴く。

 戦う事と贅沢をする事しか考えていないなんて人間の屑の典型例である。


 だけど、彼は決して臆病風に吹かれない。

 どんな戦場だって一度たりとも拒否しなかった。

 怯えず、逃げず、裏切らず。


 そんな男らしさに惹かれて、周防はこのミニチュアに愛着を持っていた。


 ちなみに周防が欲しがっていたの知ったパパからのバースデープレゼントであり、こんな小さなミニチュアで、しかも組み立て要求かつ無塗装でありながらその値段は税込み『8980円』である。

 周防の持つミニチュアで、三番目に高価な代物でもあった。




 ミゼリア専用のミニチュア台座『アークボード』にヴァンウィードのミニチュアを置き、ヘッドセットを構え周防は仮想空間にログインする。

 ゲーム購入前にネットから取説は呼んでいるし、何なら公式の出しているプレイ動画も見ている。

 それでもVRゲームは初めての為、基本知識は足りていないのだが……もう我慢出来なかった。

 ワクワクが止められず、後先考えずゲームを始める。

 周防は自分らしくもなく無謀さと思うが、それもまた楽しみ方と割り切った。


 暗転の後に、イベントムービーが始まった。


 既に伝説でしか語られる事のない古代文明ミゼリアビス。

 その地下迷宮の入り口が、ある日唐突に姿を現した。


 今よりも優れた魔導や存在し得ないはずの機械技術を持つ伝説の古代文明。

 そして何より、ミゼリアビスには『不死の技術』が存在したと語り継がれていた。


 不死の技術が見つかれば、褒美は思いのままだろう。

 そしてそんな特別な物でなくとも機械の一片でさえ、一攫千金となる可能性があった。

 栄華の頂点とも言われる古代文明の、それも未探索迷宮。

 冒険者が向わない理由はなかった。


 そんな甘い蜜に誘われた憐れな冒険者の一人が――貴方である。


 ムービーと言うよりも、自分が別人になって追体験している様な、そんな感覚。

 これがVR特有の症状なのだろう。

 酔いとはまた違う気持ち悪さがあった。




 暗転後、女性の合成音の様な声と共にシステムメッセージが流れた。


『魂宿りし人形(アーク・ドール)を読み込みます。……読み込み完了しました』

 直後、周防の目線が二段、いや三弾以上も高くなる。


 それと同時に大きな腕と筋肉質な足が。

 ご丁寧に目の前に鏡が表示され、自分の姿が目に映る。


 父より貰ったプレゼント、自分が一番端正込めてくみ上げ塗った『不死身の傭兵団長ヴァンウィード』の姿がそこにあった。

 流石に『太陽の鎧』や『狂乱の戦斧』は持っていなかったが。


『ペイントボーナスを適用します。ボーナス項目が三点未達成となります。ご確認下さい』

 ・重層鎧未所持の為、アーマーペイントボーナスが適用されません。

  重層鎧を装備すれば適用される様になります。


 ・斧を未所持の為、ウェポンペイントボーナスが適用されません。

  ただし、ペイントボーナスとしてメインウェポン種最下級武器の配布が行われてますのでインベントリをご確認下さい。


 ・ペイントレベル上級未達成によりオーラボーナスが未適用となります。


 大体は理解出来た。 

 最後の『オーラ』とやらは良くわからないが、ゲームを進めたらまあ理解出来るだろう。


 そうこうしている内に、視界が外側からぼやけ白くなりだす。

 まるで夢から覚める様な、そんな雰囲気。

 そして視界が全て白に染まった後暗転し、システムワードが耳に届いた。


『貴方の名前をお教え下さい』

 その言葉に従い、事前に決めていた言葉を口にした。


「ヴァン」

『冒険者ヴァン様。貴方の道行に光がある事を――』




 曇天の空の下、ひんやりとした石レンガの街が広がっていた。

 肌に触れる空気は刺すように冷たく、カラスの鳴き声が悲鳴のように耳に残る。


 深淵廻廊に挑む冒険者を支援するために作られた街であり、同時にそいつらを食い物とするために生み出された街でもある。

 だがその雰囲気はまるで、魔王城かの様な陰鬱とした物だった。


 深淵廻廊ミゼリアビスが冒険者の希望であったというのは今はもう昔の話――。


 確かに、ダンジョン発見当時は非常に羽振りが良かった。

 一攫千金と言えるだけ稼げた冒険者もいただろう。


 ダンジョンから持ち帰られた物により新しい技術や知識も生まれた。

 魔法などの技術もブレイクスルーを起こし、数世紀分は洗練された。


 だが、それこそが罠であった。


 ダンジョンに依存する者は多くなり、皆が希望に浮かれてから、深淵廻廊は本性を顕わにする。


 これまでの金鉱脈ゴールドマインの様な雰囲気は消え、未帰還者の数はあっという間に五割を超えた。

 一早く損切りした冒険者達は逃げるようにして姿を消し、残された冒険者は損切りが出来ない追い詰められた者か、損切を知らない愚か者ばかりとなる。


 その結果、帰ってこない者はさらに増え――負の連鎖が螺旋の様に繰り返される。

 そういった負の連鎖こそが、今この街の陰鬱な空気を生んでいる原因だった。


 この街がまるで砦のように囲われているのは、ダンジョンから魔物が漏れ出した際に、それを外に出さない為である。

 だというのに、この街の外は外でゴロツキやらが蔓延り、腐乱死体が転がっているなんて現状になってしまっている。

 魔物は外に出ていないというのに、内も外も地獄の様な有様だ。


 要するにこのゲーム、がっつり『ダクファン』である。


 邪悪な物が蔓延り、味方も決して善良ではなく、一般人は強欲で、平気で人が死ぬ……そんな『ダークファンタジー』。


 古典スタイルのダンジョンRPGにインスパイアされている為そこまでストーリーに重きを置いてはいないが、おそらく割と悲惨な結末になるだろうと周防は――いやヴァンは予測する。


 せっかくのゲームである。

 ロールプレイをしないのはもったいない。

 そう周防は考えた。


 とりあえず街を歩ける様になった様なので、ヴァンは街並みを見て回ろうと足を進め……見えない壁に、阻まれた。


『そちらにはまだ行けません』

 そんなシステムメッセージがふわふわと浮いている。

 だったらと、ステータスでも見てみようとメニューを開こうとするが……。

『メニューはまだ開けません』


「……これ、チュートリアルか」

 ようやくそれに気づき、ヴァンはまっすぐ道なりに進んだ。

 せめて少しでも楽しもうと、逃げ回る鼠や空飛ぶ赤いカラスなど陰鬱な空気を肌で感じながら。

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