サイバー傭兵2607 〜殺戮AIに対する人類の抵抗と、それらの親愛について〜
唯物論チワワ
第1話 じゃあ、お前クビね
「イチミ・コンドウ。本日をもってお前との雇用契約を終了する」
そう言って、「解雇通知」と書かれた紙が差し出される。
そこには黒髪黒目で目つきの悪い青年の写真が貼り付けてあって、それは俺の顔だった。
「…え?終了?…ってことは、契約の更新はしないってことですか?」
「ああ、その通り」
ネオ・シブヤの街の中央にそびえ立つ、アラカワ重工グループの本社ビル。
通称アラサカタワー。
その4階にある面談室で、俺はクビ宣告を受けた。
「ちなみに、理由を聞いても?…ギルドの中では討伐数、かなり上の方だったと思いますけど」
アラカワグループに所属する民間軍事会社、通称「アラカワギルド」に探索者として所属している俺は、外敵の排除についてはそれなりの結果を残している。
特に、人類生存領域外での活動では常に先陣を切り、生存領域の拡大にも貢献してきたはずだ。
領域外での活動可能時間を維持するために身体の機械化も最小限に抑え、探索者としてのランクもBランクを維持していた。
クビになる理由が思い当たらない。
「理由は討伐数のノルマではない」
「では、なぜ?」
俺にクビ宣告をしてきた、ギルド運営側の社員が淡々と告げる。
面談室の机を挟んだ向こう側。
堅苦しいブラックスーツに身を包み、顔面をビカビカと光る機械のバイザーで覆った社員の男は嘆息した。
「イチミ・コンドウ。お前のストレージ容量は、あまりにも少なすぎる」
「ああ~…」
クビになる理由が、完全に思い当たるモノだったので俺は天井を見上げた。
「ああ~、ではない!お前、ギルドから何回も完全電脳化もしくは外部ストレージ取付けの指示が来ていただろうがっ!!」
「い、いや~すみません。ちょっと忘れちゃってて」
「忘れるはずがないだろうがっ!!!」
先ほどまでの事務的な口調から一変、社員の男は目元に埋め込まれた赤い液晶のバイザーをビカァ!と光らせながら怒鳴り始める。
「42回!!!42回だぞ!これが何の数字か分かるか!?」
「わ、わかりません」
「私がお前に送った督促の回数だよ!!『良い加減、そろそろストレージ容量を増やさなければ解雇する』って42回もお前に連絡送ったんだよ私は!」
「あ、はい…すみません」
俺は思考を入力して、目の前に広がる仮想のディスプレイ――拡張視野の中にメールのアプリケーションを表示する。
『アラカワ』『ギルド』『ストレージ』と受信ボックスを検索すると、目の前の男から過去に送られてきた数々のメールが表示された。
俺が返信したのは…最初の4通だけだった。
「な~のにお前はそれを無視しやがって!!!今後の攻略作戦に必要な兵装のドライバや技能チップが入れられないの!お前の生身の脳みそが小さすぎて!!!お前、自分が常人の1/3しかストレージ容量無いの分かってる!?」
「い、いや~、そこを何とかできないですかね?こっちにもちょっと事情が…」
「今の時代、完全電脳化なんて2時間の手術で終わるんだぞ!?手術の費用だってギルドの経費で落ちる!」
俺の担当官がヒートアップしている。
精神の荒ぶりと共に体内の機械達の温度も上昇しているらしく、顔面にくっついてるバイザーから湯気が出始めていた。
「し、宗教的な理由で脳はいじれないんですよ…」
「宗教!?そんなモノ2300年代からは古典文学の中でしかお目にかかったことが無い!!」
「で、ですよね~」
今は西暦2607年。
機械化・電子化によって世界の謎が解き明かされ、隕石の衝突と環境汚染、10年前に始まったAIの反乱によって人類の人口が2020年代の1/20まで減った現在。
宗教というのは、「過去に存在したすごい概念」という立ち位置に収まっていた。
「ですよねじゃない!!お前もう22歳だろ?そろそろ次のステップに進もうよ!外部探索部隊に残るなら、脳みそ電子化するしか無いって!」
更にヒートアップする担当官。
排熱処理が上手くできていないのか、バイザーから溢れる湯気の量も大変なことになっている。
「ちょっと一回落ち着きましょうよ。湯気が、湯気がすごいことに…」
「落ち着いていられるか!お前のことは新人の頃から知ってんだ!ハンデ背負いながら頑張ってきたお前がこんなコト、コ、コトコトコトコト…」
「お、おお?」
担当官の様子がおかしい。
「コトコトコトコトコトコトコト――」
やばい、熱くなりすぎてバグっちゃってる。
湯気を吹き出しながら小刻みに振動する担当官を急いでうちわで仰いでいると、やがて内部機構の冷却が済んだのか、担当官は落ち着きを取り戻した。
「…ふぅ。熱くなりすぎたな…いや、実際ね?良くやってると思うよお前は。他の外部探索者の2割くらいしか技能チップ入れられないのに、すげぇ頑張ってると思うよ。ただもうそれじゃ限界なんだよ」
「限界って、どうして」
「勇者だよ」
勇者。
それは都市最強の探索者の称号。
「勇者…レゼリアが?」
「ああ、勇者レゼリアの保有する
「…なるほど。それで?」
「項目の1つに、内部ストレージ容量の制限がある」
「そうなると、俺は弾かれてしまうと?」
「その通り」
「レゼリアのやつ、俺のこと嫌いすぎませんか?完全に俺を狙い撃ちしてますよね?」
「…ノーコメント」
…はぁ
俺はため息を吐いた。
そうなると、確かに俺は外部探索のメンバーには入れなくなる。
「もし、それでもお前がアラカワで働くなら、いくらでも仕事は紹介してやる。外部探索にこだわらなくても、都市内の警備や暴徒鎮圧の部隊なら…」
「いや」
俺は担当官の言葉を遮った。
「俺は、外部探索をしたい。しなきゃならない。そして、どうしても電脳化だけはできない」
「そうか…」
担当官はゆっくりと天井を見上げた。
思い返せば、ギルドに所属してから約8年。この担当官とも長い付き合いだ。
何か、良い策など持っているのではないだろうか。
担当官は俺を見据え、顔面にくっつくバイザーを光らせながら言った。
「じゃあ、お前クビね」
こうして、俺は職を失った。
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サイバーパンクモノの中編小説になっています。
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