第4話 「勇気が消える前に」


 入り口へ向かう受験者の背を見送った後、マツリカさんは呟いた。


「辞退したのは77番と、64番だけですかねー。皆さん、素晴らしい!」


 信じられないことに、ほとんどの人が最終試験を受けると言う選択をしたみたいだ。


 みんな、僕と同じ。守りたい何かを持ってるんだ。


「では残りの皆さんは、最終試験を受けられる勇気ある方達と言うことで……一番から順に、先ずはお好きな魔石を選んで貰いましょうか!」


 「イエーイ、はい皆さん拍手ー!」と、相変わらずのハイテンションで手を叩きながら、はしゃぐマツリカさんの姿はとても楽しそうだ。


「あの。どうやって選べば良いんですか?」


 どこからか彼女とは真逆の、不安げな声が上がる。


 確かに。目の前にある沢山のガラス玉のような石から、何を基準に選べば良いのだろう。不安そうな僕達を見て、マツリカさんはこう言った。


「こればかりは直感としか言いようがありませんね。一つ一つの魔物について、説明してたら日が暮れちゃいますし。まあ強いて言うなら、選ばれたモノは互いに強く惹かれあうので分かるはず、ですかね?」


 直感で、強く惹かれる?


 どれもとても曖昧な言葉だったけれど「まあ実際に選ぼうとすれば分かりますから!」と、マツリカさんは強引に話を終わらせ、順番に番号を呼び始めた。


「はい、じゃあ先ずは一番の人からー」


 補欠の僕と違って、試験トップの人ってどんな人なんだろう。僕は皆の視線を一身に浴びる人物に目を向ける。


 アイツ……嘘だろ?


「これにする」


 そう言うと、黒髪の彼……ギルアは迷わず黒曜石のような真っ黒な石を選んだ。そしてそれを強く握りしめる。


「……やっぱり、黒を選ぶんだね」


 僕の隣でシイナ君が小さく何かを呟いた気がしたけれど、ハッキリと聞き取ることが出来なかった。


 でも何故か僕にはシイナ君の顔が、今にも泣き出してしまいそうに見えてしまう。


 何故そんなに苦しそうな顔をするんだろう?


 シイナ君とギルアの間には『いじめっ子』と『いじめられっ子』だけじゃない、もっと大きな“何か”があるのかもしれない。あの時聞き逃したから、分からないけれど。


 そんな事を考えていると、ついに僕達の番がやってきた。


 残った魔石はどれも美しく、1つとして同じ色がなかった。シイナ君は真っ白な魔石に手を伸ばす。それは月光を閉じ込めたように、静かに光輝く淡く美しい白色だった。儚げな彼に良く似合っている。


 僕も慌てて自分の魔石を探してみる。どれも美しいけれど、その中に一際目を奪われる物があった。


 これだ。絶対にそうだ。僕を呼んでいる気がする。


 優しい薄ピンク色の石。何故誰もこれを選ばなかったのか不思議なくらい、僕はその石から目が離せない。魅了されるかのように、気が付けば手を伸ばしていた。


「はいそれじゃ、皆さんに行き渡りましたねー! ではこれからの流れを、詳しく説明していきたいとおもいます」


 マツリカさんの手を叩く音で我に返った僕は、完全に戻るタイミングを逃してしまった。仕方なく、シイナ君とその場で話を聞く事にする。


「まず、君達が受けるのは『覚醒試験』と呼ばれるものです」


 その声を合図に、先程と同じ銃を持った9人の隊員がやって来て、マツリカさんの隣にズラリと並ぶ。


「魔石が心臓に到達するとですね、融合が始まる訳です」


 彼女は近くにあった魔石を手に取ると、自分の胸に当てた。ちょうど心臓の辺りだ。


「融合とは人間の魔物化のことで。つまり、奴らのように魔法が使えるよう心臓を作り替えるんですよ。我々は融合する事で、今よりも“遥かに”強くなれる」


 彼女はぎゅっと、胸元を握りしめると、そっと目を閉じた。

 

 マツリカさんの言っていること。それはつまり、僕達は『人じゃなくなる』代わりに、代償として力を得るって事なのか?


 そう言う事だったのか。


 どくり、と心臓が跳ねる。


「融合した心臓は『魔核』……所謂コアとなり、莫大なエネルギー源として力を与えてくれます」


 機動隊がなぜ危険な魔物と戦えるのか。


 彼らは化け物を倒すため、自分達も同じ力を手にする事で対抗していたんだ。


 この恐怖を乗り越えて掴みとった、圧倒的な力で。


「けれど、その反動で副作用も強くなります。それが魔力と身体がうまく馴染めず、融合失敗した結果起こる『死』です」


 そのワードに、ピリッと空気が張り詰める。僕の額にじわりと嫌な汗が滲んでくる。


「説明は以上です。時間短縮の為にも、試験は10人同時に始めちゃいます。それじゃあ、先ずは――」


 辺りを見渡すマツリカさんと、目があってしまった。背筋がゾワッとする。とても嫌な予感がした。



「先頭に居る、そこの君達からやっちゃいましょうか?」


 彼女はにこりと微笑んで、僕達を順番に指差していった。

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