魔書回収官のメイア~やる気ゼロで魔力アレルギーな私が今日も魔書を回収する
Riel
プロローグ
五日間、寝てない。
一面の花畑に、腐った肉の息を吐くゾンビドラゴン。
……うん。今日もトカゲ狩だ
私はメイア・レイヴンシェイド。ハーフエルフ。あと、鼻がムズムズする。
「……へ、へっくしゅ! ……はぁ、最悪……」
風に揺られて、草原の花がやさしくそよぐ。
花びらは空高く舞い上がり、夕焼けに染まる空へと溶けていった。
――こんな景色、紅茶でも飲みながらクッキーをつまんで、のんびり眺めたいところだけど。
あいにく、二つほど台無しなポイントがある。
まず一つ。花粉のせいでアレルギーが大暴れ中。
しかも、ハンカチ持ってない。
あ〜あ、持ってくればよかったな……
そして二つ目。
風が髪を揺らす中、私は顔をマフラーにうずめた。
静かすぎる。……嫌な予感。
前方を見ると、景色を塗りつぶすように、馬鹿でかい魔力の塊があった。
……いた。
ゾンビドラゴン。
「へっくしゅ!」
腐った体で威圧的にこちらを見下ろし、低く唸る。
……見られてる。じっと、ジロジロと。
巨体には腐肉がまとわりつき、ところどころ皮膚が剥がれて骨や内臓が見えていた。
あれ絶対くっっさ……でも幸運なことに、鼻水で何も匂わない。
鼻の中にアリの巣でもあるんじゃないかってくらいムズムズしなければ、まぁそこそこ悪くない日だったかもしれないのに。
ほんと、クソトカゲ。
よりによって花畑に居座るなんて……森にでも行けよ、普通のトカゲみたいに。
「ここで好き放題暴れてくれちゃって……」
辺りを見渡せば、めちゃくちゃ。
岩は砕け、地面はえぐれ、煙が立ち上る。
ちょっと離れたところには村でもあるのか、煙の出所が見える。
さすがA級魔獣。生きてた時から迷惑だったけど……
死んでも迷惑。ホントどうしようもない。
「そろそろ大人しく眠ってくれない? ……もう鬼ごっこに飽きたんだけど」
五日間。
この腐れトカゲを追いかけ回して、五日間だ。
あの巨体で、意外と逃げ足が速いとか、マジで理不尽。
私は一日中寝たいってのに、こいつは元気いっぱいだし。
……この仕事、ほんと嫌い。
ドラゴンが地面に爪を突き立て、ドゴンという音とともに土煙が舞う。
尻尾を振った衝撃で、あたりの空気が震えた。
そして、私の言葉に反応するかのように、咆哮。
耳がキーンってなる。うるさい。
……あれ? 怒った?
ふん、いいよ。もうちょっとだけ遊んでやる。
次の瞬間――いや、半瞬間。
ゾンビドラゴンがブレスを吐いた。
速っ!!
さっきまで立っていた場所が、灼熱の炎に包まれる。
私はすぐに後方に跳び、体勢を立て直す。
「へっくしゅ!」
花粉と砂埃のコンボが鼻をブスブス攻撃してくる。
……うぐぅ。
鼻水を拭って、前方を見る。
炎と煙に包まれた中、あの禍々しい魔力の塊が真っ赤な瞳でこっちを見ていた。
めっちゃ怖いな……
でも、あいつは容赦しない。
背後に次々と魔法陣が展開される。
速すぎる。
……詠唱が聞こえる。何百もの声が同時に。
これ、精霊の声? あんな体でも使えるのか……?
私を丸焼きにする気満々で、奴は連続攻撃を放った。
視界が真っ赤に染まる。
巨大な火球が飛び交い、岩を砕き、草原を焼き尽くし、命を消していく。
どれだけ火球を投げれば気が済むの? 私、そんなに嫌われてた?
……でも。
空を貫くように出現した魔法陣の壁が、その猛攻を受け止めた。
指を一つ、パチンと鳴らすだけで展開できる。
今回は、指一本すら動かしてないけど。
――ふん。
魔法陣が純粋な光を放つ。
空は赤と白に染まり、まるで二つの力が世界を分けているみたいだった。
火は止められる。
……でも、熱は普通に届く。
暑い。暑すぎ。
でもまあ、視点を変えれば……タダでスパに来たよ
うなもんよね。
……そういえば、最後にスパ行ったの、いつだったっけ。
すると、静寂が訪れた。
トカゲが翼をバサバサさせる音が聞こえる。
あの巨体を引きずりながら、空へと舞い上がった。
……空飛ぶゾンビドラゴン、ね。
なんて愉快な光景。
また目に砂ぼこりが入りかけた。もう、目が痛い。
っていうか、この火と煙だらけの中で、今さら砂とかどうでもよくない?
見上げると、ドラゴンは私の頭上をぐるぐる旋回していた。
――上から攻撃してくる気?
ふむ、まあ、空はドラゴンの本領だしね。ちょっと厄介かも……
「でも――」
杖を前にかざす。
足元に魔法陣が現れる。
音もなく、私の身体がふわっと浮かび上がった。
「それは、生きてたらの話だけどね」
私はそのままゾンビの後を追った。
それに気づいたドラゴンが口を開く。
中から、まるで火山のように炎が噴き出す。
……あのさぁ、そんなに火を出して、残った皮膚も焦げないの?
また火炎を吐いてきた。
「うん、すごく“オリジナル”な攻撃ですね~」
ひょいっと避ける。
アンデッドになったせいで、かつて人間を超えるほどだった知性も、今じゃパターン行動しかできないレベルに落ちてる。
ただ強いだけで、大したことない。
「……ちょっと大人しくしといて」
杖を動かし、頭部を狙う。
指を鳴らす。
――光と、鎖。
腐ったトカゲには最高のコンボ。
鎖があっさりと巻きつく。
ドラゴンは身をくねらせ、暴れる。
無駄だよ。まるで首のないミミズみたいに。
そして、その目の奥を見たとき――
私は言葉を失った。
何も聞こえない。
静寂だけが満ちていて、私はただ、見つめる。
――ああ、この子の「意志」はもう、どこにもないんだ。
残っているのは、憎しみと、悲しみに満ちた、空っぽの殻。
脳みそに虫が住み着いてたら、まあ、そうなるよね。
「……大丈夫。もうすぐ、楽になれるから」
私は空へと手を掲げた。
魔力が掌に集中していく。
震えるほどの力。
耳鳴りが鳴る。
ぐるぐると渦巻くように、魔力が膨れ上がる。
現れたのは、脈打つ球体。
それはまるで、幾千の星の心臓みたいに鼓動していた。
空の雲が裂け、風が暴れ、私の髪が舞う。
ドラゴンが吠える。
……でも、それだけだった。
「消えなよ、トカゲ」
魔法を解き放つ。
まるで大量破壊兵器。
一瞬でその身体を光の中に包み、そして、何も残さなかった。
静寂。
――よし、終わり。
ゾンビドラゴンは跡形もなく消え去り、私は満足した。
両手を合わせ、祈りを捧げる。
これで、五日間の苦労も報われた。
「ふう……トカゲ、一匹減ったね」
地面に降り立ち、大きく伸びをする。
先ほどまで炎に包まれていた草原は、今や煙の柱が風に流されていくだけ。
ドラゴンの魔力で保たれていた炎は、源を絶たれ、自然に消えた。
「さて、と……」
“パサッ”という音と共に、地面に一冊の古びた本 落ちてきた。
「……まったく、余計な手間かけさせてくれる」
私は本の方へ歩き、拾い上げる。
「へ、へ、へっくしゅ! へくしゅんっ! へくしゅんっ! ……ぐぅ、アレルギーがぁ……!」
黒い表紙の本。
放つ魔力があまりにも強すぎて、私のアレルギーが悪化する。
私のアレルギー? うん、花粉、湿気、暗所、強い
魔力、人間……酸素?
なんか、もう、だいたい全部。
地獄だよね。
本が震える。
中身を読めとでも言いたげに、誘惑してくる。
……騙されない。
私はカバンからルーン文字でびっしり書かれた紙を取り出す。
それを表紙にぺたりと貼りつける。
光が一瞬走る。
すると、本の魔力は沈静化し、震えも止まった。
「はい、完了っと」
これは魔書だ。
私の仕事は、こういう本を回収して、誰にも害が及ばないようにすること。
本をカバンにしまいながら、大きくため息。
「……ん?」
視界の端に、煙の向こうから何かが見えた。
私はゆっくり顔を上げる。
煙の向こうに、巨大な影が立っていた。
――あれは……
「……許してほしい、我が引き起こしたすべてのことを」
声が聞こえた。
深く、重く、哀しみに満ちた声。
……そっか。
私は、自然と笑った。
「……ゆっくり、おやすみ」
そう言って、見つめていた影は、風に溶けるように消えていった。
風が吹く。
その風が、私の頬をなでる。
……不思議と、その風は、気持ちよかった。
私は夕暮れの空に沈む太陽を見つめた。
「はあ……さてと」
長いため息を吐く。
「次は……歩くかぁ。へっくしゅんっ!」
夕日に染まった、荒れ果てた草原を歩く。
目指すは、海辺の町――メリル。
魔災予防庁の支部がある都市だ。
――次はドラゴンよけスプレーと、ハンカチ、忘れずに持ってこよ……
「……千年寝たい……」
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