第12章 星空キャンプと、優香の物語

「優香さん、今度の日曜、時間あるかな?」


 ある晴れた日、家から少し離れたところに新しく開墾した畑仕事の帰り道。優香は村の青年たちに声をかけられた。

「青年団の夏の集いで川釣り大会と、バーベキューとテント泊をやるんだけど、ノア佐藤と子どもたちと参加しませんか?きっと子どもたちも喜ぶと思うんだけど…」


カイルが「釣り!」と目を輝かせ、リタも「私も魚、釣ってみたいな」とそっと呟く。優香は普段から罠猟でマスを獲っているが、釣りはあまりやったことがなかった。子どもたちも釣りに興味津々な様子で好奇心で表情がキラキラと輝いている。


「子どもたちも行きたいみたいだから、お邪魔しようかしら。日曜日、よろしくお願いしますね」


「やったぁ!日曜日、お待ちしてます!それでは!」

優香が参加を伝えると、青年たちはガッツポーズをしながら小躍りするように大喜びで帰っていった。青年たちのあまりの喜びように、それほど喜ぶ理由は何かしら?うちの子と遊べること?それともノアさんと?この村の若い子たちは子ども好きで友達想いなのねぇ、と優香が微笑んでいるとニナがしゃがみこんで足元の小さな石を拾いながら、

「おかあさん、おにぎりもっていってもいい?」

と嬉しそうに聞いてきた。

「もちろん!お母さん、張りきっちゃうわね!」

優香が答えると、ニナが嬉しそうに笑った。家に帰ったらノアさんにも参加できるか聞いてみなくちゃ。


 日曜日。快晴で絶好にキャンプ日和。

一行はお弁当や道具を背負って、村を流れる川の上流にある開けた河原へと向かった。以前行ったエレン湖の方が標高も高く距離もあり避暑地の風情があるが、この河原は村から比較的に近く普段から青年たちが川遊びをしたり釣り人が渓流釣りを楽しむレジャースポットになっている。


 到着するとキャンプ場は木漏れ日の静かな場所で、渓流は澄んでいて、水音が涼やかに響いている。

青年たちはテントサイトに全員分のテントを張り終えると、手慣れた様子で釣りの準備をし釣竿を振り釣りを始めた。リタやカイルも真剣な顔つきで糸を垂れていた。青年たちが姉弟にあれこれアドバイスを耳打ちしている。それに真剣な表情でうなづく子どもたち。その間ニナは糸を垂らしたりおにぎりを頬張ったり蝶々を追いかけたり自由に過ごしていた。カイルが水面に糸を垂らししばらく待っていると、


「……きたっ!」

カイルが声を上げた瞬間、釣竿が大きくしなった。


「がんばれ、カイル!」

「落ち着いて、ゆっくり引いて!」

「にーちゃ、がんばれ!」

「あと少しだよ!」

「タイミングよく引きつけろ!」

優香や姉妹、青年たちなどの周囲の声援を受けて、カイルはなんとか踏ん張る。


そして――


「釣れたあああああ!」

釣り上げたのは、大人の太腿ほどもある見事な川魚・ライガーフィッシュだった。


「すごいわ、カイル!一番大きいかも!」

「にーちゃすごい!」

「やるじゃないか、カイル!」

「はじめてでこんな大物釣れるなんて、なかなかできることじゃないよ」

「こりゃあ将来は漁師かな!」

感嘆の声にカイルは誇らしげに胸を張り、青年たちに支えてもらいながら釣り上げた大きなライガーフィッシュを掲げ、満面の笑みを浮かべていた。


 優香はみんなが釣った魚をさばいて、塩を刷り込んで塩焼き用にしたり、特製の味噌だれで下味をつける。

河原に石で組まれたバーベキュー用のかまどに火を起こしたのはノアだった。


「火起こし、慣れてるんですね?」

「――昔、王国騎士団の訓練でよくやりました」

不器用ながらも手際のよいノアの姿に、青年たちは「やるなぁ、ノア佐藤!」「手際がいいぞ!」「やるじゃない!」と称賛し、子どもたちは「すっごーい!」「かっこいい!」と目を輝かせた。


パチパチと音を立てて焼かれる魚と炭火と味噌の香ばしい匂いが、風に乗って広がっていく。塩焼きは口から枝を刺し焼いていく。

焼き魚の横には、優香が持参した野菜でつくったホイル焼きや、子どもたちが収穫したコーリャン(とうもろこし)も並べられた。


「おいしい……!」

「さすが優香さん!すごく美味しいです!」

「外で食べると、いつもの三倍くらい美味しいね!」

「おれが釣ったと思うとますますおいしい!」

「あちゅい!でも、おいしいねー!」

「こんなにうまい優香さんの料理が毎日食べられるなんて、羨ましいなぁ、ノア佐藤!」

「このもろこしの甘さよ!」

「俺、お裾分けしてもらう料理、前からすげー好きだったんスよ」

「俺んちの嫁にきてくれないかな」



優香は、にこにことみんなの皿に料理をよそいながら、

(こういう日がずっと続けばいいなぁ)と心の中で思った。


 食事のあとは、自然と川遊びへ。

カイルが水を跳ね上げ、リタが軽やかに泳ぎ、ニナはきらきらした石を拾っては「宝物!」と笑っている。


優香もついには、子どもたちに水をかけられてずぶ濡れに。

「きゃっ、ちょっと、やめ――冷たいっ!もう、やったわねー!」

「あははは、おかあさんが怒ったーーー!」


大人げなく応戦しているうちに、足をすべらせドボンと浅瀬に落ちた優香。

それを見ていたノアが思わず――


「ふっ……ふ、ふふっ……あははははは!」

お腹の底から、楽しそうに笑った。


その瞬間、優香も、リタも、カイルも、ニナも、みんなが動きを止めて、ノアを見た。


「ノアさんが……声を上げて…笑った……?」


不意に流れる、温かな沈黙。

照れたように視線を逸らすノアに、優香は濡れた長い髪を掻き上げつつ、いたずらっぽく微笑んだ。


「いい笑顔、してますよ」


「……そう、でしょうか?」


「ええ。とっても」


川の音と、蝉の声と、太陽の匂いが重なる夏の一日。

びしょぬれでも、泥だらけでも、みんなの顔には笑顔があふれていた。


そしてそれは、優香にとって、何よりもごちそうだった。



   ※  ※  ※ 


「優香さん、火ってもうつけていい?」

「リタ、おねがい!」

「こっちのきゅうり、冷やしておいたよー!」

「ありがと、こっちに持ってきてくれる?」

「うん!」


──夕方、優香たちは夕食の準備を始めた。夕食はテント毎の調理なのだ。優香は子どもたちと準備に大忙しだ。


「お待たせ、カレーできたわよー!」


大鍋で煮込まれたのは、夏野菜と鶏肉たっぷりの“キャンプ風お母さんカレー”。キャンプ飯といったらやはりカレーが王様。ごはんは飯盒で炊いたつやつやの白米。副菜とデザートは、清流でキンキンに冷やした“きゅうりの一本漬け”と”西瓜”だ。


「うまっ! なんで外で食べると、もっとっもっと美味しくなるんだろうね!」

「ニナ、ルーのおかわりー!」

「ニナったら、スプーン逆よ、あはは!」


笑い声と湯気が立ちのぼるなか、優香は微笑みながら「おかわり?」とおたまを振るい続ける。ノアはといえば、手際よく薪をくべたり、水を汲んだりと、まるで副団長のような働きっぷり。


「ノアさん、ありがとう。ちょっと休んで、ね?」

「……いえ、大丈夫です。もう少しやりますので」


不器用ながらもどこか誇らしげな横顔に、優香は微笑んだ。


食後はテントサイトに敷いた筵シートの上で、星空観察。澄んだ空に、流れ星がすっと尾を引いた。


「わあ……きれい……」

「願い事、言った?」

「ねがいごと?」

「そう。流れ星が流れるまでに三回願い事を言うと願いが叶うのよ」

「それって優香さんがいた”にっぽん”の風習ですか?」

「そうよ」

「じゃあ次に流れ星がながれたら、おれ願うよ!“お母さんのカレーが毎日食べられますように”って!」

「カイルったら、優香さんのカレーがほんと好きね!」

「うん、おれ、おかあさんのカレーが世界で一番好きだもん!」

「ニナも!」

「ニナ、まねっこするなよ!」

「にーちゃのいじわる!」

「喧嘩しないでよ、二人とも」

「そういう姉ちゃんは何を願うんだよ」

「私?……まず優香さんが私達のところへ来てくれたことに感謝するでしょ?それから、もう二度と戦争が起こらないでください。私の大切な人たちをもう奪わないでくださいって、願うでしょ?そして、優香さんとカイルとニナとノア先生とずっといっしょに幸せに暮らせますようにって、願う…かな」

「姉ちゃん、長すぎて間に合わないよ」

「…いいでしょ、別に。これ以外にお願いしたいことなんて無いんだし」

「流れ星じゃなくてもいいの。この世界にいらっしゃる神様に一生懸命願えば、きっとお願いを聞いてくださるわ」

「本当?」

「ええ、本当よ」

「しょーがないなぁ、そんならおれも姉ちゃんの願いを神様にお願いしてやるよ!」

「ニナも!」

「じゃあみんなで神様にお願いしようか」

「うん!」

「…ありがとう、みんな……」


リタが涙ぐむ。しばらくみんな目をつぶり、この世界にお願いをするのでした。

しばらくして、ニナが思い出したように、


「ノアせんせーは、なにをおねがい、するの?」

「……別に普通だ。王家の安泰と王国の繁栄だ。そして私個人の誓いの再確認だな」

「ちかいって?」

「………優香さんと、その家族を護りぬくという、誓いだ」


優香は「あらまあ」と照れ笑い。子どもたちも大はしゃぎ。いざ口にすると恥ずかしいのか頬を染めバツが悪そうにそっぽを向くノア。その後、しばらく雑談をして空気がほんのり温かくなったところで──。


「ねえ、怪談、しない?」

リタがふと口にした提案で、キャンプファイヤーの炎が揺れるなか、子どもたちの『こわい話タイム』が始まった。


   ※  ※  ※


「……嵐の晩、戸をノックしたのは、首のない騎士だったんだって……」


焚き火のパチパチ音が静寂に響く。リタの堂の入った怪談に、ニナはいつの間にか優香の腕にしがみつき、震えている。


「も、もうこわい……おかあさん……」

「だいじょうぶよ、怖い騎士さんにもごはんをあげたら、たぶん仲良くなれるから」

「くびがなくても、だいじょうぶ?」

「大丈夫大丈夫、鎧の穴からじゃがいものスープを入れてあげればいいのよ」


冗談めかしてなだめる優香の横で──ノアは明らかに背筋を伸ばし、顔をこわばらせていた。


「……ノアさん?」

「いえ……焚き火の煙が眼に染みただけです」


それは無理があるだろう。ほんのり青ざめた顔に、優香は噴き出しそうになるのを堪えた。


「じゃあ、最後に──“本当にあった異世界のお話”、しようかな」


優香が透き通る柔らかい声で、家族になった日々のはじまりを語り出す。勇者も魔王もチートも特別なスキルも出てこない平凡で地味だけれど、異世界で一生懸命生きる一人の主婦と新しい世界で手に入れた大切な家族たちの、静かで優しいお話。


 物語を聞き終わった後、優香の子守唄を聴きながら子どもたちが一人、また一人と寝息を立て始めるなか、ノアだけがじっと焚き火のゆらめきを見つめていた。


「……あなたの物語には、救いがあるんですね」


「ええ。だってごはんのあるところに、きっと笑顔があるもの」


星のきらめきの下、静かに寄り添う影。火影が揺れるなかで、夜は、やさしく更けていった──

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