第10章 カイルの誕生日と、特別なカレーライス
その日、ローレイン村のはずれにあるブナ屋敷に住む仲良し家族達はみんな、どこかソワソワしていた。
カイルが何度も台所を覗いたり、ソワソワと庭を歩いたり。
「ねぇ、おかあさん。今日の晩ごはん、なに?」
「ふふ、それはまだ秘密。でも……お腹いっぱいになるものよ」
「ほんと!? あー、なんか楽しみすぎて……腹減ったー!」
カイルが声を張るたび、リタとニナがこっそり笑いをこらえていた。
そして、優香は台所でこっそりと鍋に火を入れる。
今日はカイルの誕生日。それは、彼にとって初めての“祝われる日”だった。
以前は、戦災と貧しさの中で、誰かの誕生日を祝うなんて余裕はどこにもなかった。
だからこそ優香は、カイルのためにこの日を大切にしたかった。思いっきり祝ってあげたかったのである。もちろんリタやニナ、ノアの誕生日も絶対に祝うつもりである。
「よし、カレーは……しっかり煮込めてる。あとは仕上げに隠し味ね」
優香の“誕生日スペシャルカレー”は、日本風のまろやかなルゥ(異世界の様々なスパイスを調合して再現)を使ったもの。
異世界の芋(ジャラン芋)や肉(ギラ鶏のもも肉)や玉ねぎ(シュラン草)などを、たっぷり時間をかけて煮込み、最後にとろけるようなコクを加えるため、はちみつとヨーグルト、そして合わせ味噌を少しだけ入れるのがコツだ。
お昼ご飯は、暑いのでミラ麦麺のソーメンとマスの塩焼きとサラダですませる。
そして夕方――
リタとニナが、グイグイとカイルを庭へと連れ出した。
「な、なんだよー、どこ行くんだよー」
「いいからいいから、カイル、目をつぶって!」
「にーちゃ、ちゃんとつぶった? じゃあ、せーの!」
──パッと開けた目の前にあったのは、彩られた屋敷の広間。
机の上には色とりどりの紙飾り、手作りのガーランド、そして――
「カイル、お誕生日おめでとう!」
家族みんなからの盛大な祝福の声。
「……えっ……これ、……おれのために……?」
「ふふ、みんなで準備したの。リタとニナ、飾りつけもすごくがんばったのよ!ノアさんも一生懸命頑張ってくれたし!」
「ほら!にーちゃの好きな色、ぜーんぶ使ったの!」
「ニナったら、クレヨンでリクの似顔絵も描いたの!」
「うわぁ……すげぇ……ほんとに……ほんとに、ありがとう……!」
カイルの声が、かすかに震えた。
そして、食卓に並んでいるのは、大きなお皿にたっぷり盛られた黄金色のカレーライス。
湯気の奥から、かぐわしい香りとスパイスの刺激が鼻をくすぐる。その他、色とりどりの野菜たっぷりサラダ。熱々のじゃがいものポタージュ。ほっくほくのフライドポテト。甘いニンジンゼリー。瑞々しい黎明柑を絞ったジュース。
「それ、“カイルの誕生日スペシャルカレー”なんだよ!優香さん、ずっと仕込みしてたんだから!」
リタが自分のことのように得意げに自慢する。
「リタも野菜を切ったり手伝ってくれたのよ。ニナも踊って応援してくれたし。ノアさんはお皿を洗ってくれました。カイル、お誕生日おめでとう。お腹いっぱい食べてね」
優香が微笑みながらカイルに大盛りのカレー皿を手渡す。
「いただきまーす!!……ああっ……うまっ……! なにこれ、なんでこんなにうまいの……!」
カイルはスプーンを止めることなく、もりもりと口に運んでいく。
リタもニナも、カレーの美味しさに目を丸くしながら、頬をいっぱいに膨らませお互い顔を見合せにっこり笑いあった。
ノアもまた、ひと口食べると、静かに「……これは、癖になる味だな」とつぶやいた。
食後には、優香お手製の“焼きリンゴとシナモンのケーキ”が登場し、みんなからのプレゼントも手渡された。
リタからは手縫いの革製の手袋。冒険ごっこをするとき、手を傷つけないように。
ニナからは拾った貝殻で作った首飾り。キラキラしていて、とってもキレイだ。
ノアからは銀色の馬の彫像。実はものすごく高価なもの(換金すれば小さな牧場が買えるほどの価値がある。だが、今はまだカイルはその価値を知らない)なのだ。
そして優香からは、物知りおばあさんからもらった柔らかく耐久性のある生地で作った“お手製ナップザック”と、温かく慈愛に満ちた言葉。
「カイル、生まれてきてくれてありがとう。これからも、一緒にたくさん笑って暮らしていこうね」
「……お、おれ、な、泣かないからっ……絶対、泣かないぞ……!」
けれどその瞳は、すでに涙で潤んでいた。
その夜、カイルはナップザックを胸に抱いたまま、ぐっすりと眠った。その日のカイルの見た夢はみんなからもらったプレゼントを身に着けはるか遠くの未発見の大陸を冒険する、というものだった。もちろん冒険者カイルの背中には優香からのナップザックが揺れている。
ブナ屋敷の上空では、夏の風が優しく吹き抜けていった。
――カイルにとって、何よりもあたたかい、初めての“誕生日”だった。
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