32.希望

 私は崩落した瓦礫の前に立った。隣にはつるはしをもったハイドとガイが控えている。


 崩落した瓦礫は大きく、このまま一つずつ運ぶのは困難だ。なので、細かくして運び出す必要がある。


「じゃあ、私は魔法で砕くから、二人はつるはしで瓦礫を砕いて」

「任せて。僕はレティシア様の言う事を信じるから」

「俺もだ。早くみんなを助けないとな」

「えぇ、その意気よ。じゃあ、始め!」


 私は声を上げると、魔法を発動させる。強力な風魔法を巻き起こし、大きな瓦礫を小さな瓦礫へと壊していく。


「ちょっと、後ろに二人。動けるんなら、砕いた瓦礫を持っていってくれない?」

「だが……中の奴らは」

「中の人達は生きているわ。だから、協力して」

「……分かった」


 鉱員の二人はヨロヨロと立ち上がると、小さなくなった瓦礫を回収して一輪手押し車に積んでいく。


 その間に私たちは大きな瓦礫を砕き続ける。しばらく、黙って瓦礫を砕き続けていると、二人の動きが止まった。


「結構、力のいる作業だね。もう手の皮がむけちゃったよ」

「手の皮くらい仕方がない。この場で動けるのは俺たちしかいないんだ」

「二人はつるはしを使うのは初めてだったわね。休みながらやってもいいわよ」

「レティシア様だけを働かせるわけにはいかない。僕だってこういう時に役に立ちたいんだ」

「中の奴らを救出したいしな。手を止めるわけにはいかない」


 二人に慣れない仕事をさせてしまった。少しでも人手が欲しい今、二人には頑張ってもらわないといけない。でも、無理もして欲しくない。何かいい案はないか考えていると、後ろから気配がした。


「つるはしの使い方がなってねぇ」

「それを貸しな」


 後ろで作業を見ていた鉱員たちが前に出てきた。二人は鉱員につるはしを手渡すと、鉱員たちは慣れた手つきで瓦礫を砕き始めた。


「あなたたち……」

「まだ、信じられねぇけど……黙って見ていることが出来なかったんだ」

「俺たちだって生きているって思いてぇよ」

「大丈夫、みんなは生きているわ。だから、この瓦礫を撤去するのよ。二人は瓦礫の運搬をお願い」

「それなら任せて。つるはしを使うよりは簡単だから」

「ここ数日間はずっとその作業をしていたし、任せろ」


 ここに来て、周りがとても頼もしくなった。これなら瓦礫撤去も進んでくれる。嬉しさを押し込んで、私は魔法で瓦礫を砕き始めた。


 ◇


「なんてこったい……本当に崩落してる!」


 作業をしていると、後ろからそんな声が聞こえた。振り向くとそこには大勢の女性たちが駆けつけていた。


「そんな……あんたー!」

「死んでないよね!? 崩落に巻き込まれてないよね!?」

「どうしてこんなことにっ!」


 女性たちは私たちを押しのけて瓦礫に密集した。声を上げ、瓦礫をどかせようとするが瓦礫はびくともしない。


「落ち着いて! 今、瓦礫を撤去しているから!」

「瓦礫を撤去って……この崩落からみんなを助けられるのかい!?」

「こんな崩落初めてよ。こんなの助かりっこないわ!」

「大丈夫だって言っていたのに……どうしてこんなことに……」


 女性たちもこの瓦礫を見て、愕然としていた。だから、希望を示す。


「大丈夫! みんなはちゃんと生きているし、この崩落も50メートルぐらいよ。それぐらいの瓦礫を撤去すれば、みんなは助かるわ」

「な、なんでそんなことが分かるんだい!? とても信じられない!」

「私には叡智という頼りになる相棒がいるの。その叡智が教えてくれたのよ!」

「叡智ってなんなの?! そんな訳の分からないものに頼れって言うの!?」


 ……ダメだ、ここでも叡智の話題は受け入れられないらしい。でも、叡智の言う事は絶対だから、信じる気持ちは変わらない。


 すると、少年の母親が前に出てきた。


「叡智の事、この子から聞いたわ。とても優れた存在なんだってね」

「えぇ、そうなの! 私たちにはない知識があるし、普通では考えられない力だってあるの!」

「……あんたの言った事、本当に信じてもいいんだね」

「えぇ、嘘はついていないわ」


 少年の母親は叡智の事を信じてくれる。私は嬉しくなって、笑顔で頷いた。すると、その母親は真剣な顔をで考えると、後ろを振り向いた。


「この領主様が言った通りに、きっとみんなは生きている。だから、諦めずに瓦礫の撤去に力を貸そうじゃない」

「本当に信じるの?」

「信じたいけど、けどっ!」

「瓦礫に押し潰された可能性だって……」

「大丈夫。死んだ人はいないわ。だから、最後まであきらめずに心を強く持って」


 戸惑う女性たちは私の言葉に複雑な表情をした。信じていいのか、分からないという表情だ。自分たちを見捨てた代官に連なる領主だ、まだ心から信用は出来ていないのだろう。


 みんなが表情を暗くする中、少年の母親だけは顔を上げていた。


「旦那を助けたくないの!? 気をしっかり持って、自分たちの手で助けるんだよ!」


 落ち込む女性たちを叱咤した。その言葉に女性たちはハッとした表情になり、目に光が戻る。


「そうよね。私たちが助けなきゃ!」

「まだ生きている、それを信じる!」

「やりましょう!」


 女性たちは息を吹き返したように声を上げた。その目には希望の光が灯り、心は強く上を向く。


 みんなの心が一つになった。これなら、崩落に巻き込まれた鉱員たちを助けられる!

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