第18話 魔獣が現れた

 セオドアの同僚であるカイルは、メルヴィスを狙って屋敷まで訪れた。メルヴィスがいずれ魔王になる存在だと気付いたカイルは、今のうちに処分しようと考えたのだろう。嫌な予感は、またしても的中してしまった。


 だけど、ここで慌てては駄目。今のメルヴィスに害はないことを伝えれば、カイルだって考えを改めてくれるかもしれない。まずは歩み寄ることから始めましょう。


 私は警戒心を強めながらも、にっこりと微笑んだ。


「何を仰っているんですか? そんなことできるわけないでしょう。メルはうちの大事な息子です」


 その笑顔が逆に不気味だったのか、カイルは青ざめた表情で後退りする。まるで化け物でも見ているかのような反応だ。


「あんた……自分が何を育てているのか分かっているのか?」

「ええ。分かっていますよ。だから間違えたくないんです」


 もういっそ私も転生者であることを明かしてしまおうか……。そう悩んでいたのも束の間、カイルは錯乱しながら叫んだ。


「分かっていたら生かしてはおかないだろ! そいつは魔王になる男だぞ? 野放しにして置けば、いずれこの国は暗黒時代に突入する!」


 何一つ事情の知らないメルヴィスは、困惑したように私とカイルの顔を見る。


「まおう? どういうことです?」


 まったく、メルヴィスに余計なことを吹き込まないでいただきたい。この子には、いずれ魔王になる未来なんて明かさずに、平穏に過ごしてもらいたかったのに。


 混乱するメルヴィスを宥めるように、そっと頭を撫でる。


「大丈夫。貴方はそんな恐ろしいものにはならない。この先もずっと私の愛する息子よ」


 微笑みながらメルヴィスの髪を撫でていると、カイルは私を睨みつけながら何度か頷いた。


「なるほど。猛火の魔女が、魔王を育てたというシナリオだったのか。そういうことなら、こいつらを引き離さないといけないな」


 メルヴィスは「ひぃ」と悲鳴をあげると、私のドレスの裾を強く握りしめた。その間にもカイルは、じりじりとこちらに詰め寄ってくる。


「そいつを寄越せ。俺が始末する」

「お断りします」

「邪魔するなら、女でも容赦しないぞ。これは世界の命運がかかっているんだ」

「勇者気取りですか? 幼気な子どもを始末するなんて、とても勇者の発言とは思えませんが」

「黙れ!」


 カイルが大声を上げて威嚇すると、メルヴィスは肩を飛び上がらせた。日々の特訓の成果もあり、魔力暴走を起こっていない。ホッとしたのも束の間、メルヴィスの高い声が響いた。


『アイスボール』


 メルヴィスが詠唱を唱えた直後、カイルに向かって氷の球が飛んでいく。勢いよく飛んでいった氷の球は、カイルの頭部に直撃した。突然のことで、カイルは避けることができず、額を押さえながら地面にしゃがみ込む。よく見ると、額には血が滲んでいた。


「メル! むやみに人を傷つけては駄目よ」


 すぐさまメルヴィスを叱る。視線を落とすと、メルヴィスはふぅふぅと荒々しく呼吸を繰り返していた。相当気が立っているようだ。顔を上げたカイルは、恨めし気にメルヴィスを睨みつける。


「やはり、危険なガキだ。今のうちに始末しておかなければ……。『こい、ガルーダ』」


 カイルが右手を広げると、地面に赤色の召喚紋が浮かび上がる。眩しい光に目を細めていると、召喚紋の中央に巨大な鳥のシルエットが浮かびあがった。光が消えると、召喚されたのが鳥の魔獣であることに気付く。


 鷲のような顔に、大きな翼、足の先端には鋭い爪がある。大きさは、通常の鷲の何十倍もあった。


 ガルーダは『ファイヤー・レジェンド』にも登場する魔獣だ。勇者ユリエルたちに襲い掛かる中ボスとして登場する。まさかそんな厄介な魔獣が現れるなんて……。


「ガルーダ。あのガキを捕まえろ」


 カイルが指示を出した途端、ガルーダがメルヴィスに迫る。私はすぐさま右手を宙に掲げた。


『ファイヤーウォール』


 炎の壁を形成して、ガルーダの接近を阻む。炎の壁に激突したガルーダが、グギャッと悲鳴をあげた。その隙にメルヴィスの背中を押して屋敷の中へ誘導する。


「メル、逃げなさい!」


 一瞬躊躇していたメルヴィスだったが、もう一度ガルーダの姿を見ると怯えたように門の中へ走り出した。


「逃がすか! 追え、ガルーダ」


 ガルーダは門の中まで入ろうとしていたが、もう一度炎の壁を形成して侵入を防ぐ。その間にもメルヴィスはぐんぐん走っていき、小さな背中は見えなくなった。


 ひとまずメルヴィスを逃がすことには成功した。だけど油断はできない。このままガルーダの侵入を許したら、屋敷の中に逃げたメルヴィスも危険晒される。


 それだけではない。屋敷の中にはセオドアや使用人たちもいる。彼らを守るためにも、この場で食い止めなければ。


「絶対に傷つけさせない」

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