第6話 嫌いになんてならない
今回の一件は、私の監督不行き届きが原因だ。
視察中は、メイドたちに子守りを頼んでいたのだけれど、みんなメルヴィスの魔力を警戒していた。だから付きっ切りで面倒を見ていたわけではなかったのだろう。
メイドたちの目が届かなくなったタイミングで、メルヴィスが屋敷から抜け出したことが想像できる。
(私がメルと一緒に行動をしていれば……)
自分の落ち度だと気付くと、罪悪感に苛まれた。
とはいえ、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。解決すべき問題は、まだ残っている。まずは正直に話してくれたメルヴィスへのフォローだ。
「メル、事情を話してくれてありがとう。だけどこれからは、一人で屋敷の外に行くのは駄目よ。今日みたいなことが起こるかもしれないし、屋敷の外には危ないものもある。外に行きたくなったら、誰かに声をかけてね」
「はい、分かりました」
メルヴィスは、ぐすんと洟を啜ってから頷いた。
次は、農夫トニーへのフォローだ。私は、凍った葡萄を指さしながらトニーに申し出る。
「凍った葡萄は、全てうちで買い取ります。もちろん、お代は通常の葡萄と同じ値段で支払います。それで構いませんか?」
「え? ええ、それは……助かりますが……」
トニーは、戸惑いながらも頷いた。
製品として出荷できなくなった葡萄を買い取るのは痛手だけど、我が家の失態である以上、領民に損害を負わせるわけにはいかない。
「明日、うちの使用人にお代を持たせます。トニーさんは、凍った葡萄を収穫していただけますか?」
「はい、それは構いませんが……どうするんですか?」
「それはこちらで考えます。廃棄はしないのでご安心を」
凍った葡萄でも、食べられなくなったわけではない。使い道を考えよう。
我が家で葡萄を買い取ることで話がまとまると、ようやく事態が収拾した。
◇
メルヴィスと共にもう一度謝ってから、馬車に乗って屋敷へ向かう。
茜色に染まった道を、馬車に揺られながら進む。隣に座るメルヴィスは、落ち込んだように肩を落としていた。
「アン、ごめんなさい。僕、また失敗して……」
よっぽどショックを受けているようだ。真っ赤になった目元を見ていると、ぎゅっと胸が痛んだ。
慰めようと震える肩に手を伸ばす。だけど触れる直前に思いとどまった。
メルヴィスは、人に触れられることを怖がっている。ここで私が触れてしまったら、また怖がらせてしまうかもしれない。
本当は抱きしめてあげたいけど、今はできそうにない。触れられない代わりに、言葉で寄り添った。
「大丈夫。貴方がどんなに失敗しても、私は見捨てたりしないから」
他の誰に疎まれようとも、私だけはメルヴィスの味方をしてあげたかった。
想いを伝えると、メルヴィスは大きく見開きながら私の顔を見る。
「僕のこと、嫌いにならないんですか?」
「嫌いになんてならないわ。家族だもの」
「かぞく……」
メルヴィスは、ぱちぱちと瞬きをしながら言葉を繰り返す。小さいながらも言葉の意味を必死で理解しようとしているようだった。
しばらくすると、ふわりと嬉しそうに微笑む。
「ありがとう、アン」
その笑顔に、私はまたしても胸を打たれる。
(本当に……!! 可愛すぎてどうしましょう!!)
何はともあれ、メルヴィスが笑顔を見せてくれて良かった。
今日は寂しい思いをさせてしまったから、夕食は好きなものを用意してあげよう。
「メルは、どんな食べ物が好き?」
メルヴィスは「うーん」と少し考えてから元気よく答える。
「アイスクリーム!」
「なるほど、アイスクリームね」
この国では、氷は貴重なものだからアイスクリームは一部の貴族しか食べられない。だけど、氷魔法を使えるメルヴィスがいれば、簡単に作れそうだ。
「今夜のデザートはアイスクリームに決まりね。メルも手伝ってくれる?」
「はいっ!」
メルヴィスは、満面の笑みを浮かべながら元気よく返事をした。その笑顔に癒された後、道に沿って広がる葡萄農園に視線を向ける。
(さて、凍った葡萄の使い道も考えないとね)
シャーベットでも作ろうかしらと考えた時、ふと前世で口にしたあるものを思い出す。
(アレなら凍った葡萄も有効活用できそうね)
カタカタと馬車に揺られながら、頭の中では美味しい計画を立てていた。
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