第4話 小さな客と、リアの夢
朝、霧がまだ地を這うころ。
オルドが薪割りをしていると、リアが静かに裏庭を覗いていた。
その手には、昨日購入し、寝台に使った干し草の余りの束。まだ腕には余る重さだったが、彼女は少しずつ、それを納屋に運んでいた。何も言わない。けれど、黙々と手伝っていた。
「無理をするな」
そう声をかけると、リアはふいに何かを指さした。
「……」
「ん?」
その指の先──納屋の隅の板の間から、何かがひょっこりと顔を出していた。
小さな耳。ふわふわした毛並み。黒い瞳がきょとんと、こちらを見ている。
「オジロヒメリスだな。めったに人前には出ないが……干し草の匂いに誘われたか」
リアは目を丸くして、そっとしゃがみ込んだ。手を出すでもなく、ただ、じっと見つめる。
「触るなよ。噛むぞ、あいつらは」
オルドがそう言うと、リアはこくりと頷いた。
だが、オジロヒメリスは逃げなかった。むしろ、リアの足元にぴょんと跳ね寄って、干し草の上に乗ると、鼻をひくひくと鳴らした。
リアはそっと、干し草を少しだけ差し出す。
それをちびちびと食べながら、リスはしばらくその場にいた。まるで、何かを話しかけるかのように。
「……」
「……名前、つけたいのか?」
リアは、また小さく頷いた。
「……好きにしろ。だが、飼うのは無理だ。山に帰すぞ」
それでも、リアの表情はどこかやわらいでいた。
しばらくして、オジロヒメリスは干し草を食べ終え、納屋の隙間からまた森へと帰っていった。
その日の夕暮れ。
リアは暖炉の前に座り、火を見つめていた。いつもより、すこしだけ背中が丸くなっている。
「……リア?」
声をかけると、リアはかすかに口を開いた。
「……夢を、見たの。ひさしぶりに」
オルドは火ばさみの手を止めた。彼女の口から、はじめて聞いた、まとまった言葉だった。
「どんな夢だ?」
「……お父さんと、お母さんがいて。……弟もいた」
火のぱちぱちという音が、やけに大きく響いた。
「……でも、顔が思い出せないの。声も、思い出せない。──だけど、すごくあたたかかったの」
リアの肩が、かすかに震えていた。
「……夢の中で、弟がリスを追いかけてて。転んで、鼻を真っ赤にして泣いてた。……お父さんが、笑ってて……お母さんは、美味しいシチューをつくってくれているの…」
そこで、リアは言葉を止めた。
オルドは、何も言わずに、椅子から立ち上がった。そして、隣に置いてあった自分の毛布を、そっとリアの肩にかける。
「ゆっくり、思い出せばいいさ。今は風邪をひかないことを考えろ」
「……うん」
それきり、ふたりとも何も言わなかった。
けれどその夜、リアは久しぶりに──泣かずに、すぅすぅと眠っていた。
オルドは、火の前で腕を組み、ふと天井を見上げた。
「……あのリス、明日も来るかね」
独り言のように、ぽつりと。
けれどその声は、どこか少しだけ、やさしかった。
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