第3話 俺はこうやって危機を脱出した。
ピロピロピロ
「電車が出発しまーす。駆け込み乗車はご遠慮ださーい。」
発車の合図音とともに、ホームからアナウンスが聞こえてきた。
今だ!
俺はカッと目を見開き、電車から降りようと立ち上がろうとした。
何?
どうも予想以上にこの駅から乗り込んで来た客が多かったようで、席から立ち上がるのも困難なくらいに車内が混み合っているではないか。
果たして今から降りられるのか?
深い絶望感が心の中に広がり、俺は『降車』を一瞬断念しそうになった。
しかし、そんなことで尾行者を巻けるものか、と自らを奮い立たせ、正面に立つ若い男性を押しのけるようにして、俺は強引に立ち上がった。
電車の出口はすぐそこだが、人がひしめき合っている。俺はその間に手を差し込み、泳ぐようにぐいぐいと出口に突き進んだ。
最短経路の進路には、旅行者が大きなバッグを置いており、少し迂回しなければならないではないか。
こんなところにカバンを置くなよ!
ヤバイ!このままでは扉が閉まってしまい、降車が出来ない。
焦った俺は、ほぼほぼ乗客にタックルするくらいの勢いでグイグイグイと進んだ。
なんだこいつは、という俺が押しのけた乗客たちの、迷惑そうな視線が痛い。
ようやく出口付近まで辿り着いた。
あと少し…
というところで、なんということか…
1人の男がホームから、駆け込み乗車してきたのだ。
けっこうガタイの良い、スーツ姿のサラリーマンだ。こいつが乗り込んできたおかげで、出口への進路が完全に塞がれてしまった。
こいつ、駆け込み乗車をするなんて、危ないだろ!
そしてついに、電車の扉が左右から閉まり始めた。
絶体絶命である。
どうする?
仕方ない、あの方法を使うしかなさそうだ。
できれば使いたくなかったが、仕方がない。
今は緊急事態なのだ。
そう決意した俺は、そのサラリーマンに正面から抱きつき、両手をサラリーマンの腰に回した。
ポカンとした表情で、俺を凝視しているサラリーマンの顔がかなり近い。
そして俺は、その男が出すニンニクと何かを混ぜたような変な口臭を我慢しながら、その男と一緒に、時計回りにくるりと回転したのだ。180度回転したため、俺とそのサラリーマンの位置が入れ替わり、出口側に立った俺は、回転した勢いを利用して車両からホームに飛び出した。
そして扉が閉まり切り、ゆっくりと電車が出発した。
電車の窓越しに、困惑の表情で俺を見つめるサラリーマン。俺はあまりにも気まずく、サッと視線を逸らした。もう会うこともないだろう。というか、2度と会いたくない。
これが、俺の尾行者を巻く100の方法の一つ、『社交ダンス』である。
相手に密着し、さながら相手と社交ダンスを踊るかのようにして回転し、相手と自分の位置を入れ替えるのだ。
成功のコツは、なるべく相手に密着し、重心を一つにすることである。そして女性には使わないことだ。犯罪者になってしまう。男でもアウトがしれないが。
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