第7話 黙って見ていられなかった
「あれ、今日の第二区画研修、またコース変更されてる」
「ほんとだ。うわ、私こっちの地形苦手……」
午前の訓練前、準備エリアはいつもよりざわついていた。
私もスケジュールを確認しながら、魔力調整に集中しようとしていたけれど──
「……っ」
ふと、視界の端で、ひとりの生徒がふらついた。
顔が青い。魔力量が不安定なまま、無理をしてるようだった。
リオン。
補助魔法コースの同期。
いつもは明るくて元気な子なのに、最近ちょっと無理してるなとは思ってた。
「……大丈夫?」
「うん、だいじょぶ。ありがと」
そう言って笑う顔は、明らかに無理をしていた。
「研修エリア内では、同行者への干渉は原則禁止」
そう教わってる。
公式にサポートを要請された場合以外、
“善意で助けようとする行為”も、罰則対象になる。
「……でも、あのままじゃ……」
思い出す。
あの時、自分が誰かを助けたこと。
誰にも褒められなかったけど、
でも、“意味がなかった”とは思ってない。
「ノア、大丈夫? いつもより顔色悪いよ?」
「あ、ううん。ちょっと集中してただけ」
クロエに心配されて、私は慌てて笑い返した。
そのときだった。
リオンが転んだ。
膝をついて、魔力が外に漏れ出した。
周囲の結界に小さな揺らぎが走る。
みんな一斉に距離を取る。
でも、誰も彼女に近づこうとしなかった。
「このままだと、再調整……!」
自分でも、何をしてるのかわからなかった。
でも私は、足を踏み出していた。
リオンのそばに。
ただ、彼女の手を取って、魔力をなだめるように声をかけた。
「落ち着いて、大丈夫……今は私がつないでる」
リオンの目に涙がにじんでいた。
私は、魔法式をすばやく展開し、魔力の流れを穏やかに導く。
結界が安定した。
「……干渉、確認」
後方から、教官の冷たい声が響いた。
「記録違反。等級は軽度。備考に“研修区域内での非許可干渉”」
「はぁ……」
部屋に戻ってからも、その通知が頭から離れなかった。
端末に表示されたログは冷たくて、感情なんてひとつも読み取れなかった。
リオンは保健室に運ばれたらしい。
無事だったと聞いて、ホッとしたはずなのに。
なのに、どうしてこんなに胸がざわつくんだろう。
「……わたしが、選んだのに」
怖かった。
怒られるのも、規則を破るのも。
でもそれ以上に、“見て見ぬふりをする自分”でいるのが、耐えられなかった。
それなのに。
戻ってきたのは、ただの違反通知だった。
選んだのに。
自分で決めたのに。
それが“間違い”って、言われたみたいで。
「……わかってたつもりだったのに、こんなに……しんどいなんて」
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
私は中庭のベンチで、ぼんやり空を見ていた。
空は少しだけ曇っていて、夕焼けは淡いオレンジに沈んでいた。
「いた」
聞き慣れた声に、肩がぴくりと跳ねる。
「……副理事長」
「見てたぞ」
「え?」
「お前が、リオンに駆け寄ったの。
止めようとしてたの、ちゃんと見てた」
「……なんで……」
「俺の立場上、止めるわけにもいかなかった。
でも、ああいうのを見過ごすのは……性に合わない」
「……そう、ですか」
「通知、来ただろ」
「はい。違反扱いです」
「あれは“正しくなかった”って意味じゃない」
「……?」
「“正しい”かどうかなんて、他人が勝手にあとから決めることだ。
お前が選んだのは、“その時”の正しさだ」
「でも……評価されないなら、意味ないじゃないですか」
「……」
ユキトが黙る。
視線だけが、まっすぐこっちに向けられていた。
「“意味がない”なんて、誰が決めた」
その一言が、やけに優しくて、
でも、少しだけ泣きたくなった。
「“意味がない”なんて、誰が決めた」
その一言が、静かに胸に落ちてきた。
「でも……」
「だから、俺が保証する」
「……え?」
「お前の行動が、“間違いじゃなかった”ってこと。
あの時、リオンに声をかけたその選択が、
少なくとも俺にとっては──“正しかった”ってこと」
ユキトの声は低く、ぶっきらぼうなのに、
不思議とあたたかかった。
「どうして……そんなふうに言ってくれるんですか」
「……お前が、ちゃんと“自分で選んだから”だよ」
「……っ」
「それができたやつには、もう何も言うことはねぇ」
ユキトはそう言って、ひとつだけ肩をぽん、と叩いてくれた。
その手のひらが残した熱が、
ずっと胸の中でくすぶっていた“私なんか”という言葉を、
少しだけ焼き払ってくれた気がした。
◇ ◇ ◇
その夜。
私は、中庭のベンチに座っていた。
「選んでよかった、って……思える日が来るかな」
小さく呟いた声は、夜の風にさらわれていく。
ふと、足元のランプがひとつ、ぱちりと音を立てて灯った。
「……まただ」
あの灯り。
どこかで見たことがある気がする。
小さくて、控えめで、でも絶対に消えない。
私はそっと、その灯りに手をかざす。
「ねぇ、これって……私の中にある光なのかな」
答えなんて返ってこない。
でも、その灯りはふわりと明るくなった気がした。
◇ ◇ ◇
遠く離れた、誰もいない空間。
マッチ棒のような影が、ぽつりと炎を揺らしていた。
「うん。
自分の意思で灯せたなら、それがいちばん強い光だよ」
誰にも見られずに、そっとつぶやく小さな妖精は、
その場にふっとしゃがんで、
遠くの誰かの心に、小さな“火種”を送り届ける。
「……ちゃんと届いてるよ。きみの選んだ、その優しさ」
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