第16話 絡み酒
有森紗季はお酒好きである。
缶入りのアルコール飲料がケース買いされて部屋に山積みされている。
―― お肌にいい健康志向アルコール飲料 ――
そんな宣伝文句に踊らされてまとめ買いしてしまう。人気のアンチエイジングシリーズだ。
もっとも但し書きには「通常のアルコール飲料に比べて」や「当社比」などの文字が躍っている。
紗季さんがお酒に溺れるには訳が有りそうだ。
夕飯時になるとケータリングが届く。ただし中身のほとんどが酒の肴だ。
トムは紗季さんと一緒に食卓を囲む。
当然AIアンドロイドは食事をとらない。本来は食事のサポートなのだが、酒の肴をつまみに左手に握りしめたアルコール飲料を缶から干している。
「この家には食材が全く保管されていません。少しだけ食材を購入してもよろしいでしょうか?」
この問いには呆気なく許可が下りた。トムには紗季さんから専用のマネーカードを与えられている。
トムは目の前の光景を見詰めながら思考する。
(たとえアンチエイジングシリーズのアルコール飲料だったとしても、あの食生活では体に良い訳がない)
紗季さんとの食事中の話題は最初はトムの学校生活についてであった。
「友夢くんは学校生活は慣れたかしら?」
「はい。トモダチというタグ付けはたくさんして頂きましたが、現在は検証作業中です。そもそもトモダチという概念が曖昧なのです」
「そんなの中学生なんだから曖昧なままで良いのよ。一緒の時間を過ごして仲良くお話する。それで十分でしょ」
「トモダチは相互利益の享受と時間の共有するパートナーとしてカテゴライズを試みていましたが、もっと簡易的なカテゴライズの方が年代的に相応しいのですね。年代による価値観はもう少しハードルを下げても良さそうです」
「そうよ」
しかし時間の経過とともに話題の中心は紗季さん自身にすり替わっていく。
「そうよ。友達なんてねぇ、しょせん男が出来たらそれまでなのよ。先週結婚式に呼ばれた子なんて、結婚なんて人生の牢獄だって学生時代からズーッと言ってたのよ。それなのに最近音信不通だなって思ってたら突然に招待状なんか送って来て」
「トモダチだから紗季さんは結婚式に招待されたのでは?」
「相手がイケメンな資産家だったから見せ付けられたのよ。なによ! あんなに幸せそうな顔しちゃって」
「トモダチが幸せなのは良いことなのでは?」
「ああ! わたしも幸せな結婚したいわ。友夢くん誰か結婚相手っていないかしら」
紗季さんはあまりお酒に強い方ではない。酔いが進むと次第に絡み酒となる。
「紗季さんご安心ください。たくさんいますよ」
「なになに? 友夢くん誰か紹介してくれるのかしら」
「現代日本の結婚適齢期の未婚男性は未婚の女性よりも300万人も多いのです。選り取り見取りのはずですが」
「いい男に限って決まった相手が既にいるか、競争率が激しいのよ」
「紗季さんにとって理想の男性はどんなヒトでしょうか?」
「そうねぇ。贅沢は言わないけど背が高い男性が良いわね。資産家で地位なんかも保証されてたら安心よね。それから家事なんかできなくても文句ひとつ言わない人が良いわ」
トムはしばらく考えて答えた。
「わたしの記憶データに適合する人物がいますよ」
「本当! 身長は?」
「二メートル近いですよ」
「地位は?」
「地域を収める立場にあります」
「市長とか州知事とかなの!」
「資産は牛を100頭ほど持っています」
「う、牛?」
「はい。それに既に奥さんも複数人いますから家事なんかできなくてもあまり困らないと思います」
「それって一体どんな人なのよ」
「アフリカのとある国の部族の酋長をつとめる方で人格者ですよ」
「私はどこの勇者だって言うのよ! 別に世界を股にかけて結婚相手を探さなくても良いのっ」
フ――ッ
有森紗季は溜息をひとつ吐いた。
(この国には私の理想の男性はいないのかも知れないわね)
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