第31話 激突と解放

場面は理央とカイに戻る。


炸裂する閃光。


カイの白剣と雷撃の奔流が交錯し、金属がぶつかり合うような衝撃音が学園中枢の回廊に響き渡る。


理央の放つ雷閃が視界を裂いたかと思えば、次の瞬間、空を蹴った理央の脚がカイの肩口を正確に捉えようとしていた。


「――っ、動きが……!」


咄嗟に身をひねり、攻撃をかわすカイ。しかし、理央の動きはそれを読んでいたかのように流れるような追撃を繰り出す。

横合いから振るわれた掌打を、カイは白剣でぎりぎり受け止めた。


激しい火花が散る。魔力と雷、二つの異質な力が軋みを上げてぶつかり合う。


「お前……なんだそれ!」


理央は一切の応答を返さず、ただ無機質な所作で次の攻撃へ移る。その表情には、もはや人間らしさの片鱗すらなかった。


「……お前、なんかおかしい。前とまるで違う。いや――誰だ、お前は!」


距離を取ったカイは、胸元の装具に手をかけ魔力を再集中させる。


「そうなるまで何をしたんだ……自分に、いったい……!」


その問いに、ようやく理央が声を発した。


「お前には関係ない。僕は……勝たなきゃいけない、それだけだ」


(そう、この問答にもう意味はない。あいつと僕はもう交わることはないのだから)


感情の起伏のない声音だった。それは、まるで事務的な宣告のようですらある。


「……くそっ、まともに答える気もないのか」


理央の瞳を捉えたカイは、思わず息を呑む。


――そこには、かつての理央にあった迷いも、憤りも、希望も、すべてが欠けていた。

ただ、冷え切った空洞のような視線があるだけだった。


「……まるで、人形じゃねえか、お前……!」


その瞬間、理央の指先がわずかに動いた。


直後、空気が高圧電流の唸りと共に震える。


「――っ! 来るか!」


咄嗟に身をかわすカイの足元を、爆ぜるような雷撃が薙ぎ払う。わずかでも遅れていれば、今の一撃で終わっていた。


だが、それでもカイは前に出る。


「人間らしさを捨ててまで、お前は何を目指してる……!?」


その問いに、答えはない。

返ってくるのは、再び振るわれた理央の鋭い拳のみ。


「もう、“言葉”が通じる相手じゃないってことかよ……!」


カイは白剣でそれをいなしながら、わずかに隙を突く。


理央の攻撃が一瞬遅れたその瞬間――


鋭く踏み込んだカイの刃が、理央の左肩をかすめた。


「……なら、力で止めるしかねえだろ――!」


火花が再び走る。

戦いは、激化の一途をたどり始める。



◆◇◆



「……見えたぞ」


カイの瞳が、淡く発光する。

時間の狭間を裂くように、周囲の空気が軋んだ。


≪未来断層≫――光魔術による短時間の未来視。

断続的に、極短時間の未来の“予測線”を読み取り、最適な行動を導き出す魔術。

持続時間こそ短いが、回避と反撃においては最強格の能力。


「あと数秒――お前は右に飛ぶ。そこを狙えばいい」


カイは読み切った。

理央の行動、反応、癖。すべてを解析し、次の一手に全霊を注ぐ。


だが――


――ガギン!


「……ッ!?」


読み通りの位置に振り抜かれた白剣を、理央は“予測された上で”弾いた。


「嘘、だろ……!」


未来を“ずらした”。

常人には不可能な、筋肉反応の最小単位でのタイミング修正。

未来視の精度を超える演算能力と、電気信号による神経直結の制御――科学が生み出した狂気の産物。


「君に“先”を読まれることは……想定内だったよ。」


理央が、静かに口を開いた。


「だから僕は、計算で“君の計算を外す”ことにした」


カイの表情が引き攣る。


「は……化け物かよ」


理央は右手を構える。指先から、淡く赤い光が迸る。


「出力制御、五段階。身体強化――5重起動≪フィフス≫」


空気がビリビリと震え、雷光が四散。床材が焦げ付き、焼ける臭いが漂う。


その瞬間、理央の姿が掻き消えた。


「――ッ!!」


≪未来断層≫が告げる――“数秒後、右肩に拳が入る”。


しかし、その“確定された未来”の直前で、理央は軌道を強引に変更した。


(読めない……!)


≪未来断層≫に映る未来が、複数に割れる。

本来一つしか見えない未来が、まるでノイズのように分岐していく。


一撃、二撃、三撃。

理央の拳と雷が重なり、カイを容赦なく追い詰めていく。


「くそっ、なんでそんな動きが……!」


そして――


ドンッ!


カイの腹部に、重い一撃が直撃。

吹き飛ばされた身体が壁を砕き、埃と煙が舞う。



◆◇◆



(……僕は、どうしてここまでしているんだろう)


理央の心に、微かな声が届く。


(こんなはずじゃなかった。誰かを傷つけるために、この力を使いたかったわけじゃないのに)


指先に残る電流の感覚が、まだ熱を帯びている。


(でも、“勝たなきゃ”いけないから。倒さなきゃ、前に進めないから)


胸の奥で、何かが必死に叫んでいる。だが、それはとうに押し殺した“自分”の声だ。


(だったら……)


「……出力制御、七段階」


その言葉を自らの口から聞いた瞬間、理央は一瞬だけ、自分に怯えた。


(もう……戻れなくなる)


それでも、拳は止まらない。


「身体強化、7重起動≪セブンス≫」


雷鳴が天を裂いた。

彼の中にある“人としての限界”が、またひとつ消えていく。



◆◇◆



カイの足取りが鈍る。


≪未来断層≫はまだ使える。だが、理央の動きは予測を常に上回っていた。


(速すぎる……!)


筋肉の緊張、魔力の揺らぎ、視線の変化――

そのどれもが、“読み”の域を超えていた。


「……カイ。君じゃ、もう僕を止められない」


理央の声は静かに、感情を持たない機械のように響いた。

だが、その言葉の底には確かに、“覚悟”が宿っていた。


「これ以上、力を使えば……お前は……!」


「わかってるさ。でも、もう止まらないんだ」


理央の瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。だがすぐに、鋼のような焦点を取り戻す。


「出力制御、最大段階。身体強化――10重起動デシマ


瞬間、時間そのものが凍りついたかのような静寂が訪れた。


そして――


雷鳴、爆ぜる。


全身から噴き出した雷光が空間を引き裂き、回廊の壁を溶かし、床を焼き砕いた。


(これが、今の“理央”……!)


それはもはや戦闘ではなかった。

一方的な、殲滅。


拳が振るわれる。


≪未来断層≫で“視えている”はずの動きすら、身体が追いつかない。


一撃、また一撃。

雷を纏った拳が、カイの胸、肩、膝へと容赦なく打ち込まれていく。


「ぐ、あああっ!!」


血飛沫が散り、カイの身体が無残に床を滑る。


(これが……理央の“本当の”力……)


なぜ、こんな力を隠していたのか。

いや、使いたくなかったのだ――理央自身が。


だが今、その制御が崩れた。


(このままじゃ、本当に――殺される!)


崩れ落ちたカイのもとに、雷を纏った影が静かに近づいてくる。

その目には何の感情もなく、ただ終結だけが刻まれていた。


「……これで、終わりだ」


拳に集約される、高密度の電磁力。


(止めなきゃ……でも……身体が、動かない)


未来視すら間に合わない。抵抗もできない。


そして、理央の拳が振り下ろされる――


「――理央!! 大丈夫!?」


声が、割り込んだ。


理央の身体が止まる。雷光がその場で凍りついたかのように、空気までもが静止する。


ゆっくりと顔を上げる。

その視線の先にいたのは――クロエ。


肩で息をし、瞳を大きく見開いたまま、ただ理央を見ていた。


その目に映っていたのは、“変わり果てた誰か”。


「すごい音がして……私のほうは片付いたから、先に合流しようと……して……」


クロエの言葉が、徐々に震えに変わっていく。


「……なんで、君がここに……」


理央は、呟いた。

その手の中の雷が、音もなく消えていった。



◆◇◆



雷が消えた。


焼け焦げた床に、静かすぎる沈黙が落ちる。


理央は拳を下ろしたまま、微動だにしない。

その表情はどこか虚ろで、目だけがクロエを映していた。


「理央……どうしたの、その体……」


クロエの声は震えていた。

けれど、それでも前に進もうとしていた。理央へと、手を伸ばすように。


理央は、答えられなかった。


「なにか、あったの? どうして、そんな――」


そのときだった。


空間が揺れた。


空気が折れ曲がるように歪み、現れたのは――白衣を翻した一人の男。


「……おや、これはこれは。ちょうどいいタイミングだったようだね」


クロード=エーテル。


魔法省最高執行官。

冷淡さと狂気を秘めた笑みを浮かべ、理央たちを見下ろしていた。


「ああ、カイくんの回収に来たのさ。まあ、少しばかり手荒にやられたようだけど……」


彼の視線が、倒れているカイに向く。そして次に、クロエ――そして、理央へ。


「……ふむ。これはすごいね」


クロードは興味深げに、理央の体を眺めた。

皮膚の一部からわずかに覗く、機械の埋め込み跡。神経線が赤く発光し、静かに脈動している。


「久遠理央は――どうやら、“人間”をやめたようだ」


言葉に、理央もクロエも、息を呑んだ。


「懐かしいね、それを見るのは。君のお父さんは元気かな?」


意味深な一言を残し、クロードは転移魔法を起動する。


「まあ、いいや、その話はまた近いうちに。……そのときには、もっと面白いものを見せてくれよ?」


魔法陣が光を放ち、彼とカイの姿が空間から消えた。


残されたのは、焼け焦げた回廊と、ぽつりと立ち尽くす理央とクロエ。


「……お父さん、って……理央……?」


クロエの問いかけに、理央はただ、目を伏せたままだった。

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