第二章 反逆の兆し

第6話 引けない意地と魔力暴走

 共犯者として理央とクロエが手を結んでから数日が経ち。

 二人は旧科学研究施設で過ごしていた。


 理央はいつものように機械をいじっており、

 クロエがそれをしげしげと覗き込んでいる。


 視線に耐えかねたのか理央が渋々口を開く。


「あんまりじろじろ見られると気が散るんだけど」


 文句を言いながらクロエの方を見る。

 クロエは小首をかしげるだけで悪びれる様子はない。


「それ、名に作ってるの?」


 話の流れを無視された理央は一瞬苦い顔をするも諦め、

 今自身が持っている装置について話す。


「これは魔法式に干渉する装置さ。

 魔法といっても所詮は波動の一種に過ぎない。

 媒介にしている者が違うってだけでね。」


 得意げに話しながら装置をくるくると回す。


「こいつを上手く扱えられれば相手の魔術を阻害できる。

 これは戦闘だけじゃなく魔法事故すら止められるかもしれない。

 しかもこれは仮想キーボードも搭載してだな――って話過ぎたか」


 久々の本音で話せる相手で舞い上がってしまったことを自覚し、

 理央は饒舌に話していた口を閉ざす。


 クロエは突然話をやめてしまった理央を不思議そうに眺める。


「すごい。魔法に干渉する装置が作れるなんて」


 純粋にほめるクロエに理央は少し照れた様子を見せながらも咳ばらいをして元に戻る。


「いや、装置が無くてもできるクロエに言われてもな。

 しかもこの装置を思いついたのはクロエの戦闘を見てだから」


「私のはかなり特殊だから。でもその装置なら誰でもできるんでしょ?」


「誰でもってわけにはいかないかな。勿論いずれはそうするつもりだけど。

 現状はある程度の知識がないと厳しいと思う。そのために、ほら」


 そういいながら、理央は開発中の装置をいじり、中空にキーボードを展開する。


「万一制御できなかった場合はこのキーボードを展開して、手動で操作する。

 こいつはかなりアナログだから誰にでもできるわけじゃないね」


「そっか。それ私にもできる?」


「うーん。勉強次第かな。それよりもクロエには魔法式の解析とかをやってもらいたいとこかな」


「解析?」


「うん。ほら、どこかに忍び込むにも罠とかセキュリティとかあったらわからないだろ?

 僕でもあるかないかぐらいはわかるけど、何が仕込まれてるかまではわからないから」


 それを聞くとクロエはなるほどという顔をする。


「それだったらできると、思う。」


「おーけー。それで十分だよ」


「でも、科学の勉強もする。役に立ちたいから」


「そっか。まあ、無理しない程度に。わかんないことあったら聞いてもらっていいから」


 理央はそう告げ、手元の作業に戻る。

 クロエも本棚の方へ行き本をいくつか手に取り、時折首を傾げながらも勉強を始めた。



◆◇◆



 翌日、理央は作成した試作品を手に夜の街に繰り出していた。

 〈隠蔽魔法〉を念入りにかけ、足がつかないようにする。

 夜の街には昼間とは違った“魔力の濁り”が漂っていた。


 ここは、学園都市第三区画。都市郊外にある魔導工業エリア。

 古びた魔導工場の残骸、放棄された倉庫街、処理しきれない魔力残留。

 この都市で一番“魔法の暴走事故が多い”場所だ。


 理央はその原因を知っていた。

 ここはかつて魔法と科学が併存していた時代の名残だ。

 撤去されなかった古い科学装置と魔導装置が相互干渉を起こし、不安定な状況を生み出している。


 だからこそ、理央はこの場所を試作品の実験場に選んだ。


 魔法因子妨害装置。

 魔力の流れ・パターンを検知し、干渉・沈静化する試作機。

 完成度は8割。想定出力よりは低く、小中規模の魔法事故程度であれば干渉が可能レベルまでは開発してある。


(僕の巻き込まれた事故レベルは無理だが、そんなことは早々起きるもんじゃない)


 現在、装置の画面には周囲の魔力分布が描かれている。

 逐一確認を行いながら町を散策する。


(何も起きない。いや、起きないに越したことはないんだ。そのまま夜が明けたとしても損はない)


 ぐるっと町を見終わり、一息ついたその時


 ――空気が変わった。


 バチッと音が鳴る。

 風が逆流するような感覚。空間の一部が“めくれる”ような異変。


 理央が装置のアラートを確認し、顔を上げた瞬間、空が青紫に爆ぜた。


 建物の屋上に設置されていた古い魔法制御装置が、凄まじい勢いで発光していた。

 結界はすでに消し飛び、巨大魔法陣が剥き出しのまま、暴れまわっている。


「……っ、これは…」


 理央は即座に装置の表示を確認する。

 魔力量、移送乱れ、熱放射、すべてが異常値を表示している。

 想定していた規模を遥かに超えていた。


(規模は大規模。僕が巻き込まれた事故と同クラス。この装置じゃ止められない)


 目の前で起こっているのは純然たる崩壊現象。

 周囲の環境、体系そのものを破壊する規模。


 理央の喉に冷たいものが張り付く。

 自身の装置では不十分な状況。リスクなしでは止めることができないという事実。


 そして、もう一つの選択肢も浮かぶ。


 ――逃げる

 ここから、誰にも見つからずに立ち去る。

 被害は出るかもしれないが、それは社会の責任であり、自身のせいではない。


 だが、その思考を振り切る。


「だ、だめだ! 式が逆流してる! 誰か、止めてくれ!」


「無茶言うな 制御陣が壊れてる! ここはもう無理だ逃げるんだ!」


 現場にいた術士たちが叫ぶ。

 結界を貼りなおそうとするもの、周囲の避難を誘導するもの、修復を試みるもの。

 この場にいる誰もがどうにかしようと抗っていた。


 しかし、彼らの“正しさ”はもはや通用しなかった。


 理央はゆっくりと息を吐く。

 そして魔力炉が見える物陰に隠れる。

 装置の出力モードを切り替え、警告を無視しスイッチを押す。


《警告:安定保証外――強制展開しますか?》

――YES


(僕は魔法使いじゃない。だからこそ、止められる)


 動作音と共に装置が振動を始める。

 〈隠蔽魔法〉を再度強くかけなおし、暴走の渦中へ飛び込んだ。



◆◇◆



 術士たちは避難誘導を終え、自身の避難を始めていた。

 修復は不能と判断し離脱を試みていた。


 人の流れに逆らうように理央は渦中へ向かう。

 術士たちは慌てており、理央の〈隠蔽魔法〉を見破ることはできず、すんなりと入ることができた。


 暴走の中心は周囲の空間が歪み、重力すら不安定になっていた。

 

 理央は端末を取り出すと制御画面を切り替える。

 自動制御を解除し、手動操作に切り替える。

 中空に仮想キーボードを展開する。


(自動制御じゃ間に合わない。なら、僕がやるしかない)


 キーボード上を指が踊る。

 仮想ウィンドウを複数展開し、魔力波の乱れを“逆演算”する。

 そして、得たデータを人力で再計算して打ち込んでいく。


(クロエに聞いていた魔力干渉の概念がここで役に立つとはな)


 暴走した魔力が反応を起こし、魔力の起動が乱れる。

 理央は構わず、手を動かす。


「あと、みっつ」


 微かに身体を震わせながら、作業を進める。

 

 そして、最後の1式を打ち込み、トリガーを引く。


 カチッとトリガー音が鳴り響く。

 次の瞬間、飽和していた青紫の光が一気に収束した。


 爆発音はない。ただ、空気が音を飲み込んだような“圧”だけがあった。


 魔力の奔流は消え、崩壊しかけた空間は徐々に安定を取り戻す。

 地面をたたいていた来航の余波も消え去り風が通り抜ける。


 理央は膝をつき、呼吸を整える。

 端末はオーバーヒートを起こし、限界寸前だった。


(……間に合った)


 その瞬間だった。背後から声をかけられる。


「ねえ、今の……君がやったの?」


 咄嗟に振り返り体制を整える。

 そこには少女が立っていた。

 黒髪のボブカット。制服を改造した白パーカー。

 年齢は理央と変わらないようにも見えた。


(くそ、油断した。解析に集中しすぎて〈隠蔽魔法〉が解けてしまっていた)


「魔法じゃないって、すぐわかったよ。止まり方が違ったし。

 ……それに、君の手のそれ。多分、自作の装置でしょ?」


 少女の言葉に理央は警戒心を強める。

 それでも彼女の声は静かで、敵意は感じられない。

 理央はじっと少女を見ながら様子を伺う。

 少女はにこりと笑い話を続ける。


「私もね、“そっち側”だから。

 でも、ここでその話をするには時間がないでしょ?

 そろそろ人が来ちゃうから。逃げなきゃね?」


 図星だった。これだけ大きな魔法事故が収束することはまずありえない。

 魔法省がこの異常に気が付かないはずはない。


「ねえ、私についてこない?見せたいものがあるんだ。話もそこで」


「……見せたいもの?」


「そ。見せたいもの。きっと興味あると思うよ。

 それに隠れる場所にもなるからさ」 


(罠か?魔法省……いや、それならもう捕まってるはずだ)


 目の前の少女にはどこか似た“異物感”があった。

 もし彼女もこの世界に馴染めておらず、何かを求めているというならば

 理央は決心する。


「わかった。案内してくれ」


「ふふっ。素直でよろしい。なんてね。じゃあついてきて」


 白いパーカーは夜の街に溶けていく。

 理央は静かに、その背中を追った。

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