第十四章
第十四章
美穂は、昼の昼下がり娘の彩音と街で散歩していた。
彼女の目の前を通り過ぎたのは、雄一と見知らぬ女性のふたりだった。
「あれ…?」
美沙は、思わず手を止めてしまった。
すれ違った瞬間、雄一の姿を見たが、彼の隣にいるのは女性だった。
その親しげな様子に、胸がぎゅっと締め付けられた。
「……あの人、私と別れてからも、こんなに幸せそうにしてるんだ」
心の中で呟いた美沙の目は、しばらくその二人の姿を追っていた。
雄一が女性に優しく微笑みかける姿。
そして、二人の間に流れる、何とも言えない安心感のような空気。
「あの人、こんなに穏やかな顔をするんだ…」
彼と別れてから、ずっと彼の幸せを願ってはいたけれど、心の中にはどうしても手に入れられなかった過去の痛みが残っていた。
それがこんな風に、雄一の幸せそうな姿を見ることで、自分の胸を締めつけてくる。
女性が振り向き、雄一と会話を交わす。その瞬間、美穂は彼の目を見た。
その視線に、何とも言えない切なさが込められていた。
過去の自分に気づいたのだろうか。
美穂は彩音の手を取り何も言わずにその場を後にした。
⸻
街を歩きながら、足が自然と公園の方へ向かう。
どうしても、あの日々が思い出されて、どうしても、涙がこぼれそうだった。
「あの人が、こんな風に幸せを見つけるなんて、想像もしてなかった…」
美穂は彩音とベンチに腰掛け、手のひらで顔を覆った。
あの離婚から、ずっと自分が彼に与えた傷を癒すことができないまま生きてきた。
それでも、心のどこかで彼を手放したことを許せずにいた。
それが、今、どうしても胸を締めつけてくる。
「女性がいることで、雄一さんが少しでも幸せになれるなら…いいのかな。
でも、私、何もできなかった。何も言えなかった。
私が彼を守れなかったから、こんな風に、他の女性と笑顔で過ごしているなんて…」
心の中で、葛藤が湧き上がる。
それでも、彼を手放した自分にも責任があることを、美穂は痛いほど理解している。
「私があの人にできたのは、もう……何もないのかな」
ふと、スマホを取り出し、彼にメッセージを送ろうとしたが、指が止まった。
それでも結局、何も送らなかった。
きっと、今の自分にはそれをする権利がないと、心のどこかで感じていたから。
立ち上がり、深く息を吐く。
日が沈みかけた空が広がり、街は静かに色を変えていった。
美穂は、あの日、雄一と女性を街で見かけてから、どうしても心がざわついていた。
自分の心の中で整理がついていない感情が、時間と共に膨らんでいくのを感じていた。
それから数日後、ふとした瞬間に、彼女は女性のことを考えた。
「……」
彼女がどんな女性なのか、実際に会ったこともなければ、彼女の内面を知っているわけではない。
ただ、雄一の隣にいる彼女を見て、何となく感じたことがある。
それは、彼女が何か大きな痛みを抱えながら、それを隠して強く生きているように見えたこと。
その思いが、きっかけだった。
美穂は携帯を手に取り、ひと呼吸おいてから、雄一のsnsの交友関係から検索した。
「水島凛…」
そして、思い切ってメッセージを送ることに決めた。
「凛さん、突然のメッセージ失礼します。私は雄一の元妻、美穂と言います。
もしよければ、少しお話ししたいことがあり、連絡させていただきました。」
送信ボタンを押すと、すぐに返信が来た。
「美穂さん、はじめまして、こんにちは。メッセージありがとうございます。
お話ししたいことがあるということですが、何かお力になれることがあればお伝えください。」
その返事に、少し驚いた。
彼女は、きっと警戒心を持っているだろうと思っていたが、意外にも穏やかな返答が返ってきた。
美穂は深呼吸をして、次の言葉を打ち込む。
「実は、あなたに少し気になることがあって。
雄一とのことについて、まだ整理がついていない自分がいます。
それでも、あなたに対して何か、誤解している部分があったかもしれないと思って、気になっていました。」
送信後、またしばらく返信は来なかった。
美沙は少し不安になりながらも、心の中で決心していた。
数分後、再びメッセージが届いた。
「美穂さん、ありがとうございます。
正直に言うと、私も色々と考えることがあって、正直なところ不安もありました。
でも、過去を振り返っても仕方がないですし、もしお会いすることで何か少しでも心が軽くなるなら、それが一番だと思っています。」
そのメッセージに、美穂はほっとした。
凛が少しでも心を開いてくれたことに、感謝の気持ちが湧き上がる。
「では、もしお時間があれば、少しお話しませんか?
私は来週の水曜日にカフェに行こうと思っています。もしご都合がよければ、ぜひ。」
数分後、凛からの返事が届いた。
「水曜日、空いています。お会いできるのを楽しみにしています。」
⸻
当日、美穂は少し早めにカフェに到着した。
心の中で色々な思いが交錯していたが、ここで凛と話すことが、自分にとって必要なことだと感じていた。
しばらくして、凛が店に入ってきた。
彼女は、予想以上に落ち着いた雰囲気を持っていた。
「美穂さん、こんにちは。」
軽く微笑む凛に、美沙は少し戸惑いながらも、深くお辞儀をした。
「こんにちは、凛さん。お会いできて嬉しいです。」
二人は席に着き、静かな空気が流れた。
美沙は少し緊張しながらも、凛に向き直った。
「実は、雄一と私が別れてから、ずっと心の中でいろいろと整理できていないことがあって。
でも、凛さんに対しても、少しずつ理解しなければと思ってきたんです。」
凛は静かに耳を傾けていた。
「雄一さんとあなたが一緒にいることで、彼が幸せだと感じられるなら、私もそれを応援したいと思っています。
だけど、正直に言うと、私自身がまだ過去に縛られているところがあって。
だから、今更、彼に近づいても、何かを取り戻せるわけじゃないって、分かってはいるんです。でも…」
美穂の声は少し震えていた。
過去の自分に対する後悔が込み上げてきた。
「私も、幸せになりたいんです。でも、どうしてもそのためには、少しずつ心を開いていかなければいけないと思って。」
凛はしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。
「私も、最初はすごく不安でした。でも、今は雄一さんと一緒にいられることが、私にとっての幸せなんです。
過去に縛られているのは分かります。でも、美穂さん、あなたも幸せになる権利があるんです。
私も、あなたがどんな気持ちでいるか、少しでも理解したいと思っています。」
その言葉に、美穂は胸が熱くなるのを感じた。
彼女の目には、優しさと共に強い意志が宿っていた。
「ありがとうございます。私も、あなたの気持ちを少しずつ理解したいと思っています。」
二人はお互いに静かに頷き合った。
過去の痛みが和らぐ瞬間は、まだ訪れていないけれど、少なくともこの小さな一歩が、二人の間に何かを生み出したように感じた。
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