2-5 咎人の策

「第3ラウンド、刻崎様の先攻です。狙う的と消費ポイントを宣言してください」


 銃と的が交換され、第3ラウンドが始まった。刻崎さんは銃を手に取ったものの、先程までの余裕がどこかに吹き飛んだかのように険しい表情をしている。


「……『熟練の的』。200ポイント全消費オールインだ」

「……えっ?」


 思わず声が漏れた。この人は正気なのだろうか。烽田に追いつくために持てる全てを注ぎ込むことは間違っていないが、それは1回でも命中させることが前提の話。烽田の言葉通り、刻崎さんがもう狙いを付けられないのならば、この選択はかなりリスキーだ。


「本当にいいのか? 貴様にてられるとは思えん」

「まあ見てろって。何のために審判アイツに確認取ったと思ってんだ」


 敵に対する揺さぶりとかではなく、本当に無理だと思っている声色の烽田に対し、刻崎さんは動じずに言葉を返すと的の前に立つ。だが、すぐには銃を上げない。動きを止めたかと思いきや、ぶつぶつと小さく何かを唱えている。


(何をするつもりなんだ……?)


 やがて彼は左腕を上げ、銃口を的に向けた。その体勢を保持することはできない――と思われたが、次の瞬間、彼の体から青白い鎖が飛び出しその左腕を拘束した。


「え……!? これって……!!」

「その通り。どんな銃の撃ち方をしてもいい……たとえとしてもな。これは俺が認めさせたルールだ」


 腕が疲れて銃を構え続けられないなら、外的な力で固定してしまえばいい。実にシンプルな発想だが、思いつきもしなかった。そもそもあの術って自分自身にも使えるのか。


「……なるほどな。考えを改めよう。犯罪者は犯罪者でも、貴様は極めて頭の回る犯罪者だ。我々警察が最も手を焼くタイプの相手だな」

「誉め言葉として受け取るぜ。まだ負ける気は無ぇんでな」


 刻崎さんが指先を曲げ、引き金を引く。ブレのない射撃は正確に的を射抜き、同じく2発目も危なげなく命中するに至った。


「成功です。200ポイント消費し『熟練の的』に2回命中したため、2000ポイントを獲得します」


 刻崎さんが術を解除し、テーブルに銃を置いた。

 いける。これなら勝てる。実質的に外す心配が無くなった以上、こちらが圧倒的に有利だ。


「やりましたね刻崎さん、可能性が見えてきたんじゃないですか?」

「……いや、そういうわけでもねぇ。俺が今の射撃をてられたのは、既に一度中てた経験があったからだ。どこで固定すればいいかを体で覚えたんだよ。大きさの違う『達人の的』で同じことができるとは限らねぇ」

「えっ……」


 見えた希望はすぐに小さくなった。つまり、術で腕を固定できるようになった刻崎さんでも、「達人の的」に中てられるかはわからない。烽田が「達人の的」に命中させ続ける限り、刻崎さんがポイントで上回ることは不可能。結局相手が外すことを祈るしかなくなってしまう。


「いくら術を上手く使えても、万能ではないというわけだな。僅かな可能性に賭けて『達人の的』を狙ってみるか? それでも命中率は俺の方が上だろうがな」


 烽田は敵のことなど歯牙にもかけていない。それもそうだろう、現在のポイント差から考えて、お互いポイント全消費で同じ的を狙い続ける限りは銃の腕前でしか差がつかない。依然烽田の有利は覆らないのだ。彼は銃を手に取ると、亜音さんの言葉を聞くよりも早く「達人の的」の前に立った。


「後攻、烽田様のターンです。狙う的と消費ポイントを宣言してください。今回は『達人の的』も選ぶことができます」

「予告通り、310ポイント全て消費。『達人の的』を狙う」


 烽田が銃を構え、集中する。さすがにあのサイズとなると、本職の警察と言えど中てられる確証は無いのだろう。銃を握る手に力が入り、指先まで感覚が研ぎ澄まされているのが伝わってくる。間をたっぷり取った精神統一の末、彼の指先が動いた。


「――失敗です。続けて2発目をお願いします」


 その時、烽田が初めて冷や汗をかいた。このゲームが始まってから、彼にとって初めての射撃失敗。緊張しない方がおかしい。

 射撃に限らず、弓道やアーチェリーなど的に中てることを目的としたスポーツは、精神力がものを言う競技だと聞いたことがある。もし外したとしても、冷静に平常心を保って立て直せるか。決して揺らぐことなく集中を貫き通せるか――極まった技術を持つ競技者たちは、何よりもそこを試される。

 烽田がこれで折れるような相手なら、こんなに苦戦していない。それは嫌というほどわかっている。だが、それでも、ほんの少しの可能性に――残りの1発を外す可能性に、祈ってしまっている自分がいた。


「……信念。信念だ。俺がこれまで、ずっと大事にしてきたもの。これがある限り、俺が負けることは無い。貴様ら犯罪者にも、俺自身にもな。それを今から見せてやる」


 呼吸を整えた烽田が再び銃を構えた。先程と変わらず、ブレのない美しいフォーム。だが、違いは――彼の目に宿り燃え盛る、正義の炎。

 銃口から、正義を背負った弾丸が飛び立った。


「――成功です。310ポイント消費し『達人の的』に1回命中したため、3100ポイントを獲得します」

「チッ、ここで外してくれてりゃ楽だったんだがな……面倒なことになっちまった」


 刻崎さんはうんざりとした様子で溜息をつく。烽田の態度が目に見えて変わったのは俺にもわかる。具体的にどう表すべきかわからないが、集中を超えた集中――ゾーンに入っているとでも言うのか。感情を殺し、ただひたすらに正義を実現するための機械になったような。そんな気がした。


「第3ラウンドが終了し、現在の所持ポイントは刻崎様が2000ポイント、烽田様が3100ポイント。差は縮まるどころか広がりを見せています。刻崎様は果たして逆転できるのでしょうか? ――といったところで、勝負も後半戦。第4ラウンドを開始します」


 亜音さんもさらにゲームを盛り上げるべく進行を続けている。今の時点で、二人の点差は1000を超えている。やはり、正攻法での逆転は難しいだろう。このラウンドは刻崎さんが後攻のため、相手の出方を窺えるという点で有利ではあるが、烽田が全消費してくるなら大して意味がない話だ。

 刻崎さんは神妙な面持ちで対戦相手を見つめている。一体、何を考えているのだろう。


「第4ラウンド先攻、烽田様のターンになります。狙う的と消費ポイントを宣言してください」

「『達人の的』、3100ポイント」


 何度も言わせるな、といった様子で烽田が的の前に立つ。その気迫は殺意だけで的を破壊してしまいそうなほどで、睨まれただけで動けなくなりそうな視線で以て的の中心にしっかりと狙いを定めていた。


「……もうあのような失敗はしない。必ずや、この手で撃ち抜いてみせる……!!」


 その時だった。

 俺の頭の中に、映像が流れ込んできた。


「あっ……!? 何だこれ……!?」

「これは……まさかアイツの……」


 横を見ると、刻崎さんも同じ情報の奔流に意識を飲まれかけているらしい。これが何なのかを理解するより先に、俺の意識はその映像の中に没入していった。


---


 烽田善規よしのりは優秀な警官だった。

 若くして警部補にまで上り詰め、現場で凶悪犯と渡り合うことも珍しくなくなった。そんな彼がある時対応したのが、S湖付近の住宅で起きた立てこもり事件だった。

 犯人の男は殺人の罪に問われており、人質を取って1日に渡る立てこもりを続けていた。警察は現場で待機しつつ彼との交渉を続け、突入の機会を待っていたが、やがてその時は訪れた。


「よし」


 合図を受け、警官たちが家に突入する。階段を駆け上がり、2階の最も奥の部屋に武装した機動部隊が押し寄せる。


「動くな! 撃つぞ!!」


 ドアが蹴り開けられ、その奥にいた犯人の姿が視認できた。焦った表情で人質の女性を抱え、頭部に拳銃を押し当てている。それを確認するや否や、閃光手榴弾フラッシュバンが投げ入れられ、閃光と轟音が部屋を包んだ。


「うっ……!!」


 驚いた犯人が目を覆い、その拍子に拳銃が取り落とされる。その隙に警官の一人――烽田が飛び出し、犯人を拘束した。


 しかし。


「クソッ……テメェ!!」


 犯人が藻掻き、屈強な身体を振り回す。その足が近くにあった棚を蹴り、大きな揺れを起こす。棚の上に置かれていた陶磁器のような置物が、揺れが伝わったことで大きく傾いた。


「!! 避けろ!!」


 別の警官の声が響く。その警告も間に合わず、烽田の頭上から置物が降って来た。ヘルメットによって守られていたため致命傷にはならなかったものの、その衝撃は彼に隙を作るには十分だった。

 犯人が拘束を振り切り、閃光で目が眩む中で手の感覚だけを頼りに銃を拾い上げる。その近くにもう人質はいなかったが、もっと良い獲物が目の前に倒れていた。


「ふざけやがって……!! 何が正義だ、俺のことも救わなかったくせに!!」


 犯人の怒号と共に、銃声が鳴り響く。別の警官が取り押さえようとしたが遅かった。銃弾はヘルメットの隙間をすり抜け――烽田の頭部を貫いた。


「あ…………貴、様……」


 世界がスローになって見える。家族の顔が脳裏に浮かんだ。大事な思い出が溢れかえってくる。走馬灯というやつだ。自分がもう助からないということを、彼は本能で察していた。


「……許、さん……!!」


 だが、消えゆく意識の中で、そんな思い出を吹き飛ばすかのごとく彼の脳内を埋め尽くそうとするものがあった。

 正義を為そうとする心。世に蔓延はびこる悪から、大事な人たちを守りたいという心。そして何より、目の前の犯罪者を殺したいほど憎む気持ち。


「……っぁ……!! この……命、尽き果てようとも……貴様ら犯罪者を、悪をこの手で……根絶やしに……!!」


 血で滲む視界の中では、犯人が警官たちに取り押さえられている。この後彼は警察署に護送され、取り調べを受けるだろう。何か月にも及ぶ司法の手続きを経て、刑が確定し、ようやく罰が下される。

 遅い。あまりにも。


(今ここで……奴は殺す……!!)


 頭で考えるよりも先に体が動いていた。震える手で拳銃を抜き、犯人の頭に向ける。もう狙いを定める気力も残っていなかったが、運命のいたずらなのか何なのか――放たれた弾丸は、犯人を死に至らしめたのだった。


(これで……終わってたまるか……!! 犯罪者には俺が手を下す……死んでも、死んだ後も……)


 周りでは警官たちが騒いでいたが、烽田の耳には入らない。やがて役目を終えたように彼は倒れ、殉職した。

 犯人と警官一人の死を以て、事件は片付いたように思われた。犯人への憎悪に染まりながら死んだ警官が、悪霊となってこの地に縛り付けられているなど、誰も考えなかった。やがて、事件から数十年が経った今、噂だけが残って事件のことも忘れ去られようとしていた。


 罰当たりなゴーストハンターと最強の除霊師が、正義の霊の眠りを妨げるまでは。

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