フツメツユウギ ―祓滅幽戯―

ゴールドバッハ予想

1-1 Uトンネル

 尾木琢磨おぎたくま、23歳。ゴーストハンター。

 端的に言って、俺は今、かなりマズい状況に置かれている。早い話が、今にも霊に殺されそうになっているということだ。


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 時間を戻して説明しよう。民間でゴーストハンター……心霊現象専門の探偵のようなものを営んでいる俺は、依頼を受けてある心霊スポットの調査に来ていた。

 それがここ、Uトンネル。特定を避けるためにぼかした書き方になるのは許してほしいのだが、業界では割と「ガチ」のやつとして有名な場所である。ここに足を運んだきり帰ってこなくなった同業者の話も耳にしたことがあり、本当かどうかは別としてかなり危険な場所だという認識はかねてより持っていた。

 実際に自分の目で見てみて、わかった。ここには「いる」。こんな胡散臭い肩書を掲げる身である以上、霊感は人よりも強い方だと思う。もちろん本物の霊能力者と比べれば大したことはないのだろうが、それでもこのUトンネルからは、これまで巡ってきたどの心霊スポットよりも強い霊気を感じる。本能が足を踏み入れるのを拒否する感覚とでも言うのか、とにかく嫌な気配が漏れ出ていたのである。一定間隔で設置された照明のおかげでトンネルの中自体は明るいが、深夜なのもあって明らかに普通ではない異様な空気が漂っていた。


 前置きはこれくらいにして、結局俺はトンネルに入ってしまった。依頼で調査に来ているのだから入るしかないのだが、あまりにも無防備すぎたと後になって反省することになる。

 このトンネルの噂についても書いておこう。髪の長い女の霊を見たという報告が多いということ以外よくわかっていないのだが、トンネルの中に髪の毛で首を吊っている死体があっただとか、その死体を解剖してみたら内臓が全部髪の毛に置き換えられていただとか、嘘か本当かわからない書き込みも散見された。こういうのは元々あった噂に後から尾ひれがついたパターンも多く、あまり信用はしていなかった……ここに来るまでは。

 さて、俺の目的は霊を祓ってこのトンネルを清めることではない。ここに来たのはあくまで調査のためだ。霊の証拠だけ集めてさっさと帰ろう……そう思って調査を開始する。レコーダーやカメラ、その他さまざまな計測機器を使い霊の居場所を特定しようと試みていたその時だった。


「…………?」


――幻聴か?

 一瞬だけ、人の声が聞こえた気がした。気のせいかもしれない。こういう場所では思い込みから自己催眠状態になり、精神に変調をきたす場合がある。その前兆だとすれば、尚更長居はしたくない。幻聴かどうかは後からレコーダーで確認できる。大事なのはデータを集めること、気にしてはいけない。そう言い聞かせ、一旦トンネルを出ようと顔を上げた瞬間だった。


 女が、いた。

 髪が長く、地面についてなお先端が確認できない。その奥には暗闇が広がり、トンネルの入口はもう見えなくなっている――いや、違う。女の背後にある底知れぬ闇、その全てが髪だった。それを理解したとき、既に俺の退路は塞がれていた。


「……ヤバい! 逃げ……!!」


 咄嗟に反対の出口へと駆け出すが、女の動きの方が早かった。髪の束を操り、俺の足首に巻き付ける。俺は顔から地面に倒れ込み、声を上げる間もなく全身を髪に絡め取られた。女は俺の体を宙に浮かせると、はりつけにするかのように壁に押し付ける。


「うっ! ぐ…………やめ、ろ……!」


 白いワンピースを着た女の霊が近付いてくる。前髪で隠れていた顔が露わになった。人というよりも鬼のそれに近い歪んだ相貌。空洞になった眼窩がんかは確かに俺のことを睨みつけていた。彼女の叫び声が耳を突き刺してくる。

 完全に身動きを封じられた俺の首に、霊の髪が巻き付いてくる。同時に全身を拘束していた髪が徐々に緩んでいき、宙に浮かんだ俺の体重の全てが首元にのしかかることになる。


(こ……これって……!!)


 このトンネルの噂にあった、髪の毛で首を吊った死体。

 俺はこれから、それになろうとしているというのか。


(た…………すけ…………)


 苦しい。息ができない。この状況を脱しようにも、恐怖で体が動かない。それで終わるならまだよかった。


(…………!?)


 突如、全身に生じた違和感。目の前の霊の存在が、自分の中に入り込んでくる感覚。今まで肉体という容器に守られていた「内側」が、霊に触られたような。ひどく平易な言い方をすれば、そう、


「呪われた」ような。


(あ…………俺……終わっ……)


 直感で理解できた。今、俺はこの霊に呪われてしまった。噂通りならこの後、内臓が全て消失し髪の毛に置換される。俺の中身が全て奪われて、ただの肉の袋に変えられてしまう。

 これが夢ではないことがただただ悲しかった。ちょっと心霊に詳しいだけの一般人が、興味を持って近付いた結果、悪霊の餌食になる。それはこの世界では特段珍しくないことかもしれない。ただ、それでも、俺が――23年間必死に生きてきた俺という命が、本当かどうかもわからないネットの書き込みの一つにされてしまうことが、どうしようもなく苦しかった。

 誰でもいい。誰か、この俺を助けてくれ。死にたく、ない――――



 その瞬間、俺を拘束していた髪が蒸発した。


「え……!?」


 途端に支えるものがなくなり、尻から地面に落下する。鈍い衝撃が背中を貫き、俺は正気を取り戻した。ゴホゴホと咳き込み、息を整えつつ状況を整理する。

 まず、先程の髪が消えた瞬間――何か細かいものが飛び散る感触がした。見ると、周囲に白い粉状のものが散らばっている。霊に対する効果から考えて、塩と見て間違いないだろう。心霊学的に言えば、霊の髪の毛を形成している霊的エネルギーが清めの力を持つ塩に吸着されたことにより、髪の毛の形を保てなくなった……ということなのだが、そんなことは置いといて。

 この塩を撒いて、誰かが俺を助けてくれたのだ。


「キシャアアアアアアア!!」


 突然塩を浴びせられたことで霊も憤怒し、俺ではなく攻撃を加えた何者かに意識を向けている。俺もそちらに目を向けてみて、俺を助けた何者か――塩の入った袋を抱え、ライトグレーの袴に身を包んだ、長身痩躯そうくの青年に気が付いた。


「目に入ったからつい助けちまったが、人助けとか柄じゃェんだよこっちは」


 丸眼鏡の下に隠れた、目つきの悪い三白眼が霊を睨む。

 これが俺とこの人――刻崎逢魔ときさきおうまの出会いだった。

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