『喫茶くじら』の2代目魔法使い

積木ぴこ

第1話 はじまり

東京から新幹線で約2時間、降り立った白石蔵王駅からさらに徒歩で約20分。タクシーだと5分程だろうか。JR東北本線白石駅。

ようやく目的地周辺に近づき、桂木朋也はホッと息を吐き出した。

土地勘がないためスマートフォンの地図アプリを駆使し、ようやくここまで辿り着いた。

幸いそれほど迷わずに済んだが、タクシー代をケチるんじゃなかったと後悔している。

在宅ワーク中心の自分の体力を甘く見過ぎた。

日頃の運動不足が非常に身に染みる。

それにしても、新幹線駅と在来線駅が別というのは少々不便ではかなろうか。

なんて内心ぼやきながらも、目的地はまだ先だ。再び地図アプリを確認し彼は歩き出した。

3年ぶりの友人との再会に向けて。



宮城県南部、蔵王連峰の麓に位置する白石市。

かの有名な武将、伊達政宗の家臣である片倉小十郎の居城であった白石城をシンボルとし、

全国的にはあまり有名な観光地ではないかもしれないが、人気スポットも多数存在する。

白石城は春には市内の桜スポットとしても有名だが、秋に開催される鬼小十郎まつりでは、某ゲームで片倉小十郎を演じた人気声優が訪れ、トークショーなどが行われたりもしている。

そしてその某ゲームの影響から、かつては若い女性が多く訪れている印象だった。

また白石市には、そんな若い女性が好きそうな、神石白石と萬蔵稲荷神社という2大縁結びスポットも存在する。

市のマスコットキャラクターはこれまた片倉小十郎をモデルとした『ポチ武者こじゅーろう』といって、市内あちこちで片倉小十郎を猛プッシュしているように思われる。

しかしここ数年は、SNSの普及により宮城蔵王キツネ村が人気観光地となっており、国内だけでなく海外からも多くの年代の観光客が訪れるようになった。


そんな白石市の中心部には商店街があり、中央通りと呼ばれるその通りの路地裏をしばらく進んだ先に、『喫茶くじら』は存在する。

創業およそ60年のこの喫茶店は、1度外壁を修複していることもあり、いかにも昭和レトロといった外観でこそないが、内装は創業当時とほぼ変わることなくどこか懐かしさを漂わせていた。

そして連日満員御礼とはいかないが、商店街の路地裏という立地のわりに閑古鳥が鳴くこともなく、常連や地域住民、市内の高校の生徒、クチコミサイトなどを見て訪れる観光客といった、そこそこの集客数を維持している。

喫茶店らしくオムライスやナポリタンが人気メニューではあるが、シェア必須の巨大パフェは学生や家族連れにウケているし、夏限定のかき氷、冬限定のお汁粉セットなど季節限定のメニューも豊富。何より、店主のいれるコーヒーが絶品と評判だ。

それら数々のメニューを考案し、オーダーから調理、提供までを全てワンオペでこなしているのがここの店主。この店主の人柄に惹かれて常連となる客も多いと聞く。


しかし1年と少し前、店の入り口には体調不良によりしばらく休業するとの張り紙がされ、その張り紙には店主へのメッセージが多数書き込まれた。

誰もが店主の回復と営業再開を望んでいた。

だがそのわずか数ヶ月後、店主の訃報がもたらされた。

その日から、店主の自宅にお悔やみの電話や手紙、花など、様々なものが届けられ、後日行われた通夜や葬式にも、生前に関わりのあったであろう多くの人が弔問に訪れた。

それらを目にし、こんなにも多くの人に慕われていたのだと、彼の家族はより故人への尊敬の念を深くしたという。


そうして『喫茶くじら』は惜しまれつつ閉店。

とはならなかった。店主が亡くなり誰もが閉店を惜しんだはずが。店主の訃報から半年後、予告もないままひっそりと店は営業を再開させていた。

ただし、当然ながら店主は別の人物で。

新たに店を引き継いだのは、まだ20歳そこそこと思われる青年だった。 

先代店主の孫だと名乗った青年は、精悍な顔つきだった先代と比べ、どちらかというと繊細な、中性的な容姿をしていた。

しかし営業再開を知り訪れた長年の常連で先代の友人でもあったある人物に、

「まだまだ祖父の足元にも及びませんが、よろしくお願いします」

そう言って笑った顔は、その人物がハッとするほど、とにかくそっくりだったとか。

若き日の先代を知る彼にとって、その新しい店主の姿はありし日の友人と重なり、それだけで再び店に通う理由は充分で。そして亡き友人の代わりに、自分がこの若者を見守っていこうと密かに決意をさせた。



白いレンガ風の外壁と青い屋根。それらはまるで海と砂浜を連想させる。そして一際目を引くのが、外壁に描かれた金色のくじら。看板にも

金色の文字でその名がしるされている。

ここで間違いない。ようやく辿り着いた。

スマートフォンで開いていた地図アプリと目の前の建物を何度も見比べ、目的地と確信した桂木朋也は駅に到着した数分前と同様に、再び安堵の息を吐き出した。

そして少しの緊張と興奮ともに、入り口ドアへと手を伸ばした。


カラン。心地よい音とともにドアが開く。今どきなオシャレな外観に反して、店内はとても落ち着いた雰囲気の、懐かさの中に新しさもあるような、そんな不思議な空間だった。だかそのギャップが良い。

流れている音楽はジャズだろうか。正直そのあたりはあまり詳しくないが、不快感は全く感じられず、むしろ店内の雰囲気によく合っているように思う。

心地よい空間に入店直前の緊張も興奮も落ち着き、すっかりリラックスした朋也だったが、

この店を訪れた目的を思い出し、不審に思われない程度に店内を見回した。

その時だった。向けていた視線の先とは逆側から、微かな足音が聞こえてきたと同時に声がかかる。

「いらっしゃいませ。1名様ですか?」

おそらく店員だろう。実をいうとただの客として訪れたわけではないが、好都合かもしれない。なにせ、自分はある人物を探している。

そしてその人物はこの店の関係者らしいのだ。

店員であれば、おそらく彼を知っているはずだ。

そちらへ視線を向ける。直後、朋也は目を見開いた。


そこにいたのは、自分とそう年齢が変わらないであろう青年だった。

いや、自分は彼の年齢をよく知っている。なぜなら彼こそが、自分が探していた人物だから。

探していた。それも少し違う。彼がここにいることを、自分は知っていたから。だから会いにきた。3年ぶりに。

しかしその姿を目にした途端、消えたはずの緊張が再び押し寄せ、頭の中が真っ白になる。それと同時に罪悪感に襲われる。3年ぶりだ。今更どの面さげて、何を話そうというのだろう。

結局なんと言うべきか迷い、ただ彼の名前を口にした。

「………結斗」

彼の目を見るのが怖くて俯きかけたところで名前が呼ばれた。

「朋也」

そして恐る恐る顔を上げ、彼へと視線を戻す。

視線の先、目にした彼は静かに微笑んでいた。

そして微笑みながらこう言った。

「待ってたよ」

その言葉に、涙腺がいっきに崩壊した。























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