パート8: 辺境の支配者(笑)
「…お方」
銀髪の暗殺者、シルヴィアは、俺に捕らえられ、剣を砕かれてなお、静かにそう呟いた。
その瞳には、一切の迷いがないように見えた。
「私は、貴方様にお仕えしたい」
(はぁ!?)
俺は再び内心で絶叫した。
なんだ? この流れは?
暗殺しに来た相手に、なんで仕えられなきゃいけないんだ?
「…いや、俺は誰かに仕えられる趣味はないんだが」
「私は、貴方様の絶対的な力と、あの時の…器の大きさに感銘を受けました。貴方様こそ、私の探し求めていた主君です」
(器? 面倒だから見逃しただけなんだが…)
また勘違いだ。
どうにも、この世界の人間は、俺の行動を勝手に深読みする癖があるらしい。
「…護衛なら、まあ、いてもいいけど。仕えるとかじゃなくて、あくまで対等に、仕事として、な?」
「いえ。私は貴方様にお仕えいたします。命じられるままに、貴方様の剣となりましょう」
(聞かねえな、こいつ…)
まあ、護衛がいるのはありがたいかもしれない。
特にこんな物騒な辺境だ。いつまた暗殺者が来るとも限らないし(今回来たけど)。
最強の護衛が、俺の傍から離れないというなら…まあ、いっか。面倒だし、もう深く考えるのはやめよう。
こうして、クールビューティーな元暗殺者、シルヴィア・アッシュフォードが、俺の護衛(自称「忠実なる従者」)として加わることになった。
***
シルヴィアが加わって、俺たちの辺境での生活はさらに賑やかになった。
リリアーナとミュウは、最初シルヴィアに少し警戒していたが、俺が受け入れたのを見て、すぐに懐き始めた。
リリアーナは、シルヴィアのクールな態度に少し戸惑いつつも、彼女の身の回りの世話まで焼こうとする。
シルヴィアは、リリアーナの過剰な世話に無口になりつつも、邪険にはしない。俺に近づこうとする他の男には、鋭い視線を飛ばして牽制する。
ミュウは、新しいお姉さんに興味津々。シルヴィアの周りをちょこちょこついて回り、「おねーさん、つよいの?」とか「おねーさんのつるぎ、かっこいい!」とか、無邪気に話しかける。シルヴィアもミュウには少しだけ表情を緩ませる。
(なんか、どんどん家族っぽくなっていくな…俺は自由になりたいだけなんだが…)
内心でぼやきながら、俺は今日もダンジョンで効率的に稼ぎ、美味しい料理を作り、三人の世話(?)を焼いていた。
生活は豊かになった。村人も俺たちに敬意を払うようになった。
辺境での生活、案外悪くない。
…と、思っていたのだが。
この辺境を、牛耳っている存在がいた。
辺境代官、マルドゥーク。
王都から派遣されてきた貴族だが、辺境に着任してからというもの、村人たちから法外な税を取り立てたり、気に入らない者を奴隷として売り飛ばしたり、やりたい放題の悪党だった。
最近、村人の間で、その代官の悪行に対する不満が高まっているのを感じていた。
そして、その悪徳代官が、俺たちの存在に目をつけ始めたらしい。
***
ある日、村の広場に、代官の手下がやってきた。
屈強な男たちを数人引き連れ、偉そうな態度で村人に何かを言い渡している。
「代官様よりお達しだ! 今月の税は倍にする! 文句がある奴は、代官様の怒りを買う覚悟をしろ!」
村人たちの間に、絶望と諦めの声が広がる。
俺は少し離れた場所から、その様子を見ていた。
(うわ、ひどいな。完全に搾取じゃねえか)
面倒事には関わりたくない。見て見ぬふりをしよう。
そう、自分に言い聞かせた。
その日の夕方。
俺たちの拠点である家(もはやボロ家ではないが)に、代官の手下たちがやってきた。
「ここが、最近辺境で好き放題やってるって噂の、アルトとかいう奴の家か?」
先ほどの男が、玄関先で尊大に言い放った。
俺は出ていくのが面倒なので、リリアーナが応対した。
「はい、こちらがアルト様のお家でございます。何か御用でしょうか?」
リリアーナは、代官の手下相手にも物怖じせず、毅然とした態度だ。
「御用だ? てめぇ、代官様を誰だと思ってる! 最近、ダンジョンで馬鹿みたいに稼いでるらしいじゃねえか。その稼ぎ、全部代官様に献上してもらうぞ!」
男は鼻息荒く言い放つ。
「なぜ、アルト様がそのようなことを? 正当な手段で得たものですわ!」
リリアーナが反論する。
「うるせえ! ここは代官様の領地だ! 代官様に逆らうってんなら、どうなるか分かってるだろうな!」
男がリリアーナに掴みかかろうとした、その時。
シルヴィアがスッと前に出た。
無言で、しかし冷たい殺気を放っている。
「…これ以上、無礼を働くなら、容赦しない」
シルヴィアの只ならぬ雰囲気に、代官の手下たちは僅かにたじろいだ。
その時、家の奥から、ミュウの怯える声が聞こえてきた。
「ひっく…こわい…ご主人様…」
ミュウが、怯えた顔で俺の服の裾を掴んでいる。
その顔を見て、俺の中の何かが、ぷつりと切れる音を聞いた気がした。
(ああ…本当に、本当に面倒くせえ!)
俺は頭の中で叫んだ。
なんで俺が、こんな悪党のためにイライラしなきゃいけないんだ?
せっかく平和に暮らしてたのに。
俺は、代官の手下たちを一瞥した。
そして、悪徳代官マルドゥークの顔を思い浮かべる。
こいつらがいる限り、村人も、そして俺たちの平穏も、脅かされ続けるだろう。
リリアーナが毅然と立ち向かい、シルヴィアが護衛しようとし、ミュウが怯えている。
この状況は、俺がどう動くかによって、簡単に解決できることだ。
(はぁ…ったく、しょうがねぇな)
俺は大きく、深いため息をついた。
そして、代官の手下たちに向け、冷たい視線を送った。
「…邪魔だ。消えろ」
その声には、普段の面倒くさそうな調子は一切なかった。
代わりにあるのは、絶対的な力と、僅かな怒りの感情だった。
代官の手下たちは、俺の纏う空気に圧倒され、顔を青ざめさせた。
(…明日は、代官様のところに挨拶にでも行くか)
俺は心の中で、そう決めた。
面倒なことになるのは分かっている。
だが、もう我慢できなかった。
辺境の悪徳代官マルドゥーク。
ヤツには、たっぷりと「お返し」をしてやる必要があるだろう。
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