【第7話 運命の出会い】



「あ、鈴森さんだ」

 俊介が珍しそうに遠くを見ている。

「本当だ」

「誰だよ鈴森さんって」

 俺もその竹箒の音の鳴る方へ視線を向ける。

「覚えてないの? 小学校の時一緒で……」



 俊介達が見ている方向に目を向けると、巫女服姿で掃き掃除をしている鈴森と呼ばれた女の子がいた。本堂をバックに立つ彼女を木漏れ日がさらさらと映し出している。その凛とした姿に思わず息を飲む。この世界の全ての音が消えていく。ひぐらしが徐々に求愛の声を静めていき、ついに世界から音が消える。最後に心臓の音だけが残り妙にうるさい。


 ブナの木から1匹の蝉が地面へと落下し寿命を全うした。その様を目で追う彼女。カサッと乾いた音がした。



「頑張ったね」



 彼女はたった今息を引き取った1匹に向かって言葉を発した。それは同情の様で、悲しみ様で、共感の様で、尊敬の様で。彼女の「生」がその言葉に凝縮されているように感じた。

 世界に音が蘇ってくる。


「聞いてる?」

 金城の声も蝉の声も薄く流れるバックミュージックの様に、この情景を彩っている。


「あの」

 彼女の視線の先に入り込み、声をかけていた。いつの間に俺は移動したのだろう。


「はい」

 彼女は怖いくらいに真っ直ぐな言葉で返事をした。

 心臓が未だかつてない速さで動いている。喉が渇く。彼女を知りたい。


「僕、町田徹って言います」

「はい」

「あの、君の名前は」

「鈴森咲良です」

「あの!」

 変に大きい声が出てしまった。蝉の声が一瞬だけ止むほどの。

「僕と友達になって下さい!」


 金城と俊介が驚きの声を上げる。

 あれ? 俺今変な事言った? 言ったよな多分。友達ってのは自然となるもので、宣言してから友達になるものじゃないだろ。何を言ってるんだ俺は。取り消したい。違うなんかこう、うまい台詞は――。


「いいですよ」

 彼女から意外な返事がきた。

「やった!」

「ただ……」

「ただ?」

「お賽銭、入れていってくださいね」

「カネ!?」

 金城と俊介が揃ってつっこんだ。

 お金を払えば鈴森さんと友達になれる! 安いもんだ!

「おいくらですか!?」

「1万円くらい」

 彼女は淡々と冷静に答えた。

「分かりました!」

「お前3千円しかないだろ」


 俊介が俺のお財布事情を教えてくれた。なんて事だ! これっぽっちじゃ友達になれないじゃないか! 3千円じゃ友達になれないのか!? それとも3分の1くらいは友達になれるのか!? そこ大事! もし後者なら分割で徐々に友達になる事は可能でしょうか!? くそっ! 俺の財力の無さ! 高校中退して働いてもいいですかお母さん!


「鈴森さん」

 金城が口を開いた。

「金城さん、こんにちは」

「こんにちは。あの~……」

「冗談ですよ。半分は」

「半分て」

 金城と俊介は息ぴったりだ。

「町田さん、冗談ですよ」

「へ?」

「今のは冗談です。神社ジョークです」

「顔は真顔だったけどね」


 俺の台詞かと思った。金城が俺の心と同じタイミングでつっこんでた。


「嬉しかったんです」

「え?」

 胸がきゅっと縮こまる。

「そんな事、今まで言ってくれる人居なかったから」

 そう言って彼女は少し視線を落とした。

 驚きのあまり声が出せない。心臓がふわっと浮いてぞわぞわと気持ちが悪い。


「私と」

 木々の涼しい風が鈴森さんの長い黒髪を揺らした。彼女の目は俺だけをしっかりと捉えていた。

「お友達になって下さい」


 じんわりと世界が動き出す。俺の青春はここから始まる。始まった。確かにそう感じた。


「はい! 喜んで!」



 咲良は徹に「友達になって下さい!」と言われ、自分の高校生活を振り返っていた。

 いつもどこでも何をするにも独りで、それは彼女が望むものなのか、無表情な彼女が周りにそうさせているのか、彼女の日々は淡々と過ぎていった。


 成績も良く容姿も端麗だがどこか影が薄く、昼休みはひとりで弁当を食べ、その後は図書室で過ごすのが日課だった。


「あいつ何考えてるのか分かんなくね?」

「超地味だよね」

「ってか不気味なんだよね~」


 周りの人間の話題に上るのもせいぜい1年生の時だけで、今となってはもはや誰も触れない存在になっていた。


 教室に差し込んでくる柔らかな夕陽を眺めていると不思議な感覚になる事がある。放課後に部活動に勤しむ同じ歳くらいの生徒たち。皆仲良く笑い合い励まし合い楽しみ、そして生きている。

 取り残された感覚とは多分少し違う。


 高く上る入道雲。オレンジ色の町並み。弾む声。その景色のどこかに何かを忘れて来たような。本当の自分が隠れている気がして咲良はたびたび足を止めた。



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