元の道#5 「甘賢」
大部屋についた。
部屋の中からスイッチの音とそれで騒ぎ立てている部員の声がする。
スーッ
宗介が襖を開けた。
部屋の奥にはやはりどんちゃん騒ぎをしている部員が8人。
目の前には一人で横になっている部長が1人。
「賢、ここ寝る場所じゃない」
宗介が足で賢を揺する。
賢は布団が敷かれていない畳の上で横になっていた。
寝てはいない。目は開いていた。
でもいつもの堅物そうな目じゃなかった。
和は賢を見る。
賢は終始口を開かない。
でもなぜかニマニマしている。
「賢ちゃん間違って酒飲んだ??」
松平が賢の頬をぺちぺちする。
宗介はスマホを取り出しカメラを起動させた。
「あまけんって、甘賢ってこと」
和は口を抑えながらそう聞いた。
「そう」
宗介はそう返事をしながらぱしゃぱしゃと珍しい賢の様子を写真に納めていた。
「賢は昔から眠たくなってくると溶けてるみたいな顔すんだよね」
宗介は中学の修学旅行の時の賢の写真までスマホをスクロールする。
「見せて見せてー」
松平が宗介にしがみついた。
「なに本当にこれ賢?」
松平がスマホに顔を近づけた。
宗介は襖のところにずっと立っている和を見て、
「和も写真みる?」
と聞いた。
「大丈夫」
和はスンッと横を向いて賑やかな方へと足を進めた。
(どうしよニヤニヤが止まらない)
和はさっきおばあちゃんに勘付かれてから周りへの警戒心が高まっていた。
勝手に上がる口角を必死に手で抑える。
あっちに行って一旦スイッチ━━━━━━
「━━━━?」
足首のあたりに、冷たくて柔らかい感触。
掴まれていた。
その瞬間、背筋が跳ねた。
伸びている手。
視線をたどると、畳の上に転がる賢のふにゃふにゃした顔があった。
目は細く、口角がゆるみきっている。いつもの鋭さなんて欠片もない。
「え、ちょっ」
心臓が早鐘を打つ。熱い。顔が熱い。
宗介は賢と和にスマホを向けている。
「賢ちゃん和にあっち行ってほしくないってー」
松平の軽い声が、なぜかやけに遠くに聞こえる。
さっきまで聞こえていた部員たちの騒ぎ声も、もう聞こえない。
「賢は和のこと大好きなんだね」
宗介がそう言って賢の顔をぺちぺちすると、
「うん」
と賢の方から言葉が出た。
空気が一瞬で熱を帯びる。
和は思わず顔を両手で覆った。
大きく息を吸い込み、吐き出す。
それでも胸の奥が落ち着かない。
和は大きく息を吸って吐いた。
「和?」
「甘賢って、甘食みたいな名前だね」
和は口角が上がりきったまま、しゃがんで、賢の顔をぺちぺちし始めた。
「いやまあ食いもんではないけど」
宗介はそう言いながらパシャパシャ写真を撮った。
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