交差点 「1丁目」

8月10日。和の誕生日の日になった。


賢は昨日のうちに宗介と永仁に良い感じに嘘をついてあの計画を中止にした。


賢は夏休みの英語の課題を進めていた。


一問解いて、手が止まって、もう一問解いては手が止まっていた。


賢は和について行ったあの日のあと、何回か和の事情について考えることがあった。


(他の家のことだし、やっぱり触れない方がいいか)


数学の課題に手をつけ始める。


勉強机の前の窓から見える夏の青空。


賢は昔のことを思い出した。


6年前のちょうど今みたいな暑い夏の時期、


賢は小学生ながら学校から帰ってすぐに机に向かっていた。


「賢むしとりいこー」


賢が宿題を手につけているとそんな声が窓の外からした。


賢は自分の部屋から出て玄関に出る。


「なあ賢むしとりいこう」

「あっちにレアなやつが取れるスポットがあるんだ」


賢の友達は昨日捕まえた虫をかごから出して賢に見せた。


賢は苦笑いをして言いづらそうに


「うーん。宿題したいんだよね」


と友達に言った。


「ちぇー賢ほんと真面目だなー」

「いつも勉強してるー」


そう言って友達は楽しそうにいいスポットのところへ向かって行った。


賢は玄関の扉を閉め、階段を登り、自分の部屋に戻った。


壁には恐竜のポスターや家族で行った旅行の写真がはられてある。


賢は椅子に座り、鉛筆を持った。


賢が思い出したのは昔からの友達の少なさだった。


けれど賢はそれで悩むことはなかった。


みんなと虫取りも楽しそうだったけど、その時の自分は勉強がただしたかっただけだった。


賢は二次関数の曲線をかく。


和の言葉を思い出す。


"賢はすごいよね。僕には出来ないよ"


賢は手が止まった。


和は大切な友達━━。


賢はもう一度窓を見る。


まだ夏の青空は広がり続けている。


賢は明日の部活で和に声をかけることを決めた。









和はカウンセリングの部屋の椅子に座っていた。


まだカウンセラーはきていない。


この部屋にも他の部屋と同じようにエアコンがついている。


ここは鉄筋コンクリートの部屋。


他の部屋よりも倍以上に冷たく感じた。


和は壁にかけられている日めくりカレンダーに目をやった。


8月10日


和は小さなため息を吐きながら、先月母親に会った時のことを思い出しそうになった。


和は自分の顔を両手で叩いた。


(考えても辛くなるだけだ)


そう思いながら和は、この部屋に一つだけある小さな窓の方を見た。


夏の青空が広がっている。


先月元々住んでいた、いわゆる実家のアパートの扉を思い切り叩き締めた。


それのせいだろうか、和は手にジンジンとした痛覚を感じていた。


和はいつか幸せな家庭を築けることを夢見ていた。


今は辛くても、いつかはと夢を見ていた。


けれど和はそれが自分には叶わない夢なのだとあの祭りの日以来、胸に突き刺さるように感じられた。


蝉の音が聞こえる。


賢のぶっきらぼうなダンス。


騎馬戦の時のあの頼もしい後ろ姿。


口を大きく開けて焼きそばを食べている顔。


そんなことを、賢を避け始めてからの毎日、何度も思い出す。


和の目には青空と涙が浮かんでいる。


━━━やっぱり無理だ。


賢を諦めることも。避け続けることも。


せめて、この高校に通っている間だけは━━━。


そう思い和はゆっくりと息を吸い、目を擦る。


和は明日の部活で賢に話しかけることを決めた。

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