念い出 「念い出」
蝉の声がうるさいくらいに耳に入ってくる。
「かずーーとるのへたくそー」
友達と木によじ登ってカブトムシを鷲掴みにする。
僕の家からちょっと歩いたところにある住宅街の真ん中の公園。
まだ体の小さい僕から見たその時の空は、今よりもはるかに美しく無限大に広がっていた。
日も暮れてきた頃、まわりからご飯の匂いがしてきた。
「いいにおいしてきたー。今日の夜ご飯なんだろう」
「このにおいなんかおちつくよね」
僕ももう一度嗅いでみる。落ち着く感じはしなかった。
「おーい。れん。もう帰るぞ」
「こうちゃんもそろっといくよ」
友達の親が公園に来た。
エプロンを着ていた。
「はやーい」
「じゃーねかず」
僕は親と手を繋いで帰っていく友達を眺めながら手を振った。
「ままー今日の夜ご飯何ー」
「カレーとハンバーグどっちがいい?」
すっかり日は暮れていた。
さっきまで鳴いていた蝉の声が聞こえなくなった。
月が見えてきた。気持ちのいい風も吹いてきた。
月には誰が住んでるんだろう。
この風はどこから吹いてるんだろう。
僕は空を見上げながら家に帰った。
ガチャン
家の扉を開けた。
目の前には僕の知らないおじさんがいた。
身長が高くて体も大きい。すごく優しそうな顔をしていた。
けれどほっぺにはちょっとだけ血がついていた。
「お前が和か」
おじさんは僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。
僕は怖くなってすぐにその手を払い除けたが、おじさんは何も喋らずそのまま玄関を出て行った。
バタン
扉がしまった瞬間僕の鼻にツーンとした匂いが入ってきた。
公園で嗅いだにおいとは全く違かった。
頑張って逆上がりを練習した後の鉄棒のにおい。なんとなく肌がひりひりするようなにおい。
部屋の扉を開けてみるとお母さんがいた。
僕は体が固まった。
目の前には怪我をしているお母さんとグチャグチャになったリビング。
お母さんが僕に何か叫んでいる。
僕はお母さんの顔から目が離れない。
体が動かない。
「いつ間違えたの」
「結婚した時?」
「産んだ時?」
「ねえ謝ってよ」
「おおおかあさんん」
「謝ってよ」
「どううしたののお」
「謝れ!!!!!!!!!」
パァン
僕は外に飛び出した。
月明かりも夜の風もわからなくなっていた。
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