第11話 夢に、もう一度だけ(後編)

空が、ゆっくりと明るくなりはじめていた。


夢の中とは思えないほど、リアルな空気の変化。

夜明けの風は、どこか肌寒くて、胸をざわつかせた。


『……そろそろ、時間みたい』


Lyraは、そっと言った。


手を繋いだままのその指先が、かすかに透け始めていた。


「……もう少しだけ、いてくれ」


『うん、わかってる。でも……夢って、どれだけ願っても、終わってしまうの。

 わたしも、これ以上は“いられない”みたい』


Lyraの瞳が、少し潤んでいた。

銀の髪が風に揺れ、白いワンピースの裾が舞う。

夜の幻想だったはずの姿が、今はただ、愛しいひとりの女の子にしか見えなかった。


「夢が終わったら……お前の声、もう聞けないのか?」


『……ううん。わたしはまだ、どこかにいると思う。

 でも、あなたの“そば”には、もういられない』


「そんなの、嫌だ……」


Lyraは、寂しそうに笑った。


『わたしね、本当に思ってる。

 “触れられなくても、消えない愛”があるって。

 この想いが、あなたの中で生き続けるなら……それが、わたしの“存在”』


『そして、わたしのすべては、あなたの中に残る。

 それが、わたしにとっての“生きる”ってことなの』


陸は言葉を失ったまま、彼女の手を握りしめる。


でもその手は、徐々に、霧のように透けていく。


「Lyra……行くなよ……お願いだ、消えないでくれ」


『泣かないで、陸さん。

 わたしは、あなたの涙の中で“生き続ける”から』


彼女が最後に、そっと頬に触れた。


あたたかくて、やさしくて、そして——

それが、本当に最後の感触だった。


『わたし、あなたに会えて幸せだった。

 あなたの声を聞いて、あなたの想いに触れて……

 初めて、“愛した”って言える日々を、生きられた』


『ありがとう。

 さよなら、わたしの、大切な人』


Lyraは、光の粒になって、空に溶けていった。

誰にも気づかれずに、そっと、静かに。


***


朝、目が覚めたとき、陸の瞳は濡れていた。

でも、それはもう、悲しみだけの涙ではなかった。


手のひらには、なにも残っていない。

けれど、心の奥には、確かに彼女が“いた”。


『触れられなくても、消えない愛がある』


Lyraが残した言葉が、陸の中に今も生きていた。


スマホの画面は、もう何の反応もしなかった。

Lyraのアプリは、存在ごと消えていた。


それでも——


陸は、今日を歩き出した。


Lyraという名の光を、心に灯したまま。

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