第36話 霊界サミット?
【R界でサミットをやっていたらしい】
一二月五日 ――
ゆっくりと闇の世界へ降下していく俺のまわりに――いくつもの四角い箱が飛び回っていた。
五〇センチくらいの立方体だ。
箱の中にはゲームの世界が詰まっているようでもあり――コンピューターか科学的な物体のようでもあった。
ぶつかりそうでなかなかぶつからない――しかし心地よい降下だった。
三人の男の子が誘導しているようだ。
三人とも裸体で――一人は俺の腰にぶら下がるようなかっこうで、両足をグルリと絡ませ、俺がどこかへ飛んでいってしまわないように――身体をはさんでいるらしい。
あとの二人はななめ前あたりを――宇宙遊泳しているように浮かんで、誘導をサポートしている。
俺に微笑みかけながら、うしろ向きに泳いでいたり――あっちに行ったりこっちに行ったりと、まさしくそれは天使の誘いのごとくであった。
この子たちはみな俺が好きなようで、ニコニコしながら俺を見守り浮遊している。
俺も安心して三人の天使たちの誘いに身を任せていた。
しかしこの子供たちはけっこう偉いのかも知れない。
霊界の特権階級に含まれる霊なのかと思った。
快適な降下を終え――ほどなくしていかなる階層かは知らない空間に到着した。
暗い部屋だが――まるで海底に沈んだ難破船の船室のようなところを泳いでいた。
水中をユラユラと漂っているような感覚であった。
子供たちは足を交互に動かして――ひたすら前へ前へと泳いでいる。
もはやうしろは振り返らなかった。
――目的地が近いのだろうか。
〈確か――姫もこんな泳ぎかたをしていたなあ〉と思いつつ、天使たちのお尻を眺めていた。
じっさい難破船の中ではないのだが、上下左右に立方体の部屋がくっついているので――下へ降りたり――上へ上がったり――迷路のような部屋をあちこち巡っていった。
途中ドアの柱にぶつかりそうになり、慌てて避けたこともあった。
天使たちは黙々と泳ぎつづけ、やがて明るく広いところが見えてきた。
少しづつ上の方に上がってきたのかも知れない。
やがて霊たちの目指していた目的地に到着した。
ここは大きなホテルのような所らしい。
俺たちはちょうど――テナントのひとつから出てきたような格好で広い廊下に出ると、そのまま手すりの所まで進んで行った。
見下ろすとさらに下には――美しく磨かれた別のフロアーがあった。
手すり越しに見下ろした眼下のフロアーには、アミューズメントスポットのような一角が設けられていた。
近未来のちょっとしたゲームセンターといったところか……。
しかし、ファーストフードがドッキングしているようで、喫茶・飲食なども楽しめるらしかった。
それに近未来風に映る一番の理由は全体の造りだった。
大きなゲーム台やソファー・カウンター等、あらゆる部分に色とりどりの照明装置がはめ込まれており、それらはみな各々が呼吸しているかのように光瞬き、まるで全体が巨大なピンボール・マシーン(斜めになった台上に鉄球を転がし遊ぶゲーム台)のようであった。
そこでは数組の若いグループが思い思いに時を過ごしていた。
天使たちは、なぜかすぐ脇にあったプレイ・スポットに通じる広い階段を使うことなく、そのまままっすぐ廊下を奥へとどんどん進んでいった。すでに俺の身体からは天使の足枷は外されていたが、俺に選ぶことは許されず、ただ三人に身を委ね彼らの進むがままに任せていた。
歩いていくのではなく――先ほどからの延長で“遊泳”であった。
――そのまま泳いでいくとすぐに大会議場に出た。
しかしここは会議場というより、よほど大きなロビーであるらしい。
そこには一体どれほどの霊たちがいたのであろう。
人間とまったく変わらない異次元世界の住人たちが集まっていたのだ。
何百人という霊がそれぞれ五六人単位で、一つのテーブルについていた。
これほど多くの霊たちを見たことは、いまだかつてなかったことだった。
霊界のサミットでも開いているのだろうか。
ホール全体は粛として静まり返り――みな真剣に司会者の言葉を聞いている。
柱の陰で見えなかったが、どこに司会者や議長がいるのかわからないほどの広い会場であった。
たぶん俺たちだけが裸だったんじゃないだろうか。
会議を開いている真後ろだったので、それほど目立つことはなかったが、最後尾の人たちは、俺たちに興味津々の眼差しを投げかけていたので、霊たちからすればこの場にそぐわない異様な光景であったにちがいない。
俺は宙を泳ぎながら横目で彼らのようすをうかがい見た。
グイグイ引っ張られていたので、一人物をじっくりと見る心のゆとりはなかった。
あまり人が多すぎて、誰を見て良いかわからなかったとも言えよう。
ざっと眺めまわした限りの印象では――会場にいた霊はみな男ばかりであり、女性は、ただ一人だけ俺の目の前に座っているほかは、いくら探してみても見あたらなかった。
男はみな中年男性であり、会社の社長か役員の肩書きを持っているかのような、上品で恰幅の良い紳士たちばかりであった。
服装は基本的には普通のスーツの類なのであろう。
しかし、どう表現していいかわからないが、不思議とダーク系の物は見あたらず、アメリカ人好みの派手なスーツばかりであった。
それは一つ一つを取ってみても――何ともハイセンスで、言ようもなく斬新なのである。
キラキラ輝いて見えるのは、宝石類の装飾がふんだんに施されているらしく、しかし舞台衣装のような、周囲から完全に浮いて見えるほどのしつこさはなく、きらびやかで洗練された美しさを保っているようであった。
彼らは美しく着飾ることに最高の喜びを感じているようであるのか。それがこの世界の住人のポリシーなのかも知れない。
俺はR界のファッション感覚と人間界のそれとのギャップに、またもや驚かされてしまった。
なにが話し合われていたかはわからなかったが、年度末であったので今年度の反省と来年度にあたっての、さまざまな討議が交わされていたのであろうか。
R界にも師走があるのだろうか――。
これらはほんの数十秒の間にかいま見たものである。
会場に一〇メートルほど侵入し、さらに奥へと行こうとしたその時、突然、司会者の会議を終わらせる声が聞こえた。
――すると、霊たちは一斉に立ち上がった。
一糸乱れず立ち上がるとはこのことである。
それまでシーンと静まりかえっていた会場が、にわかにドッと動き出し、立ち上がる音と椅子をテーブルに押し込む音で騒然となった。
そこでひとりの女と目が合った。この会場でたった一人と思われる女性である。
彼女のほうも――不思議そうな目で私を見つめながら、椅子をテーブルに押し込んでいた。
この女性は、わりとシンプルなスーツを着ており、人間界の洋服と全く同じだった。
彼女はピンク系ベージュ色のスーツを着ており――上からベストにブレザー――膝下までのスカートといった、ごく普通のありふれたOLといった感じである。
髪はショートカットで癖のないさっぱりした感じの女性で、スラリとしたそのスタイルは――雌鹿の敏捷さを秘めているかに思えた。
しかし決して不美人ではない――暗やみならば真っ先に手を出していたはずの女だ。
――何なのかしら……この得体の知れない男は……?――
といったような目で不思議そうに私を見ている。
こちらも負けず――、
〈愛想のない女だ……〉と思いながら――一瞬のすれ違いざまにしげしげと舐め回すような視線で、女の品定めをしておくことは忘れなかった。
〈Bの中というところか……〉――以外に採点は厳しかった。
――すぐ左がわにはホテルの正面玄関が見えてきた。
ここは超豪華・超一流のホテルだった。
R界の建物なので本当にホテルなのかどうかはわからなかったが、俺の目にはそう映〈うつ〉った。
ふつうホテルには見られない――結婚式場のような派手な照明がやたら目についた。
霊界の人たちはこういったインテリアにすごくこっているらしい。
呼吸の状態で気が弱くなっていた俺は――ああ、もうだめだ!――と思った瞬間、まさに一瞬にして、自分のベッドに戻っていた。
R界探訪で肝心なのは――ひとえに〈呼吸〉である。
――誘導していた子供たちが、驚いて手を離してしまったのだろう。
俺の生命を気遣う優しい霊たちだった――。
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